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植山古墳

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

植山古墳

東西40メートル、南北32メートルで、一つの墳丘に約13メートルの横穴式石室が二つある。東側の石室は6世紀末、西側は7世紀前半に築かれたとみられ、東側に竹田皇子、西側に推古天皇が葬られたと考えられる。

(2009-09-19 朝日新聞 朝刊 3社会)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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国指定史跡ガイドの解説

うえやまこふん【植山古墳】


奈良県橿原市五条野町にある古墳。奈良盆地南端の甘橿丘(あまかしのおか)から延びる丘陵の西端に位置する。植山古墳の西約500mには丸山古墳、南東約700mには菖蒲池(しょうぶいけ)古墳が所在するなど、周辺は6世紀から7世紀の有力古墳が集中する地域。2000年(平成12)の調査で古墳の内容が判明し、2002年(平成14)に国の史跡に指定され、2003年(平成15)には追加指定があった。古墳は丘陵の南斜面を掘削して窪地を造り出し、そこに封土を積み上げて築造し、北辺と東西辺に周濠がめぐっている。東西約40m、南北の現存は約27m、高さ3~6mの長方形墳で、主体部は東西に並ぶ2基の大型横穴式石室で、石室の全長は約13m、いずれも南に開口している。両石室とも上面は盗掘により破壊され、天井石と壁上部の積み石が取り去られているが、墳丘の築造法・形状、2基の主体部など、6世紀末から7世紀前半の飛鳥地域の古墳の特徴を典型的に示し、かつ規模と内容が傑出していることから、推古天皇とその子、竹田皇子の合葬陵墓とする考えもある。推古朝の有力者の墓として天武・持統朝までその存在が重要視されていたことも推定でき、当時の政治・社会を考えるうえで重要視されている。近畿日本鉄道吉野線岡寺駅から徒歩約15分。

出典|講談社
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