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楽座 ラクザ

百科事典マイペディアの解説

楽座【らくざ】

戦国大名が特権的なを否定した政策。楽市とほぼ同時に施行。諸大名は領国内商工業を発展させるため,公家・社寺に従属して自由な営業を妨げた商工業座を否定した。1568年織田信長が美濃(みの)加納に施行したとみられるのをはじめ,1577年信長が安土城下に施行した楽市・楽座令が有名。
→関連項目加納市十楽織豊政権田辺

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

楽座
らくざ

両膝(ひざ)を左右に横に倒し、足底をあわせて座る姿勢。[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の楽座の言及

【楽市・楽座】より

…戦国時代から安土桃山時代にかけての都市・市場政策。従来楽市・楽座令は,戦国大名および織豊政権が領国経済の統一,その中心としての城下町の繁栄を目的として発布したものであり,楽市は城下町を課税免除,自由交易の場とするために,楽座は独占的な商工業座の解体を目的とした政策であるとされてきた。しかし現在では,これらの権力の発布した楽市・楽座令の以前に,各地に〈縁切り〉を基本的性格とする楽市場なるものがすでに成立していたことが想定され,この法令は城下町の繁栄を目的とした楽市場の機能の利用と位置づけられるに至っている。…

【楽市令】より

…このタイプのものとしては,徳川家康の永禄12年(1569)三河小山新市あて楽市令,織田信長の天正5年(1577)安土城下あて楽市令,後北条氏の天正6年(1578)武蔵世田谷新宿あて楽市令などが有名である。 次に保証型楽市令の条項から本来の楽市場の機能をみると,(1)大名権力などの介入を許さない不入権を保持すること,(2)市場の平和を保つためあらゆる暴力行使が禁止されていること,(3)楽市場の住人の通行安全を保証し,通行税が免除されていること,(4)完全な免税地として存在すること,(5)独占的な販売を行う市場の座(市座)や問屋などの存在を認めない楽座であること,(6)領主の年貢を滞納している者も,他人の債務を負っている者も,それらの関係が消滅し,追及されない場であること,(7)奴隷も市場住人となることによって,身分が解放されること,などの特性がみられる。これらを通して楽市場の基本的性格を考えるならば,あらゆる俗世間的な縁,絆(きずな)が切れる〈縁切り〉の原理が貫いている場であると規定できる。…

※「楽座」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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