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楽市 らくいち

百科事典マイペディアの解説

楽市【らくいち】

市での商人の特権や独占を否定し,自由営業・課税免除を保証した戦国大名の商業政策。おもに城下町・港町の建設と発展に際し施行。1549年近江(おうみ)の六角氏が観音寺城の城下町にあった石寺新市興隆のため施行したのが初見。
→関連項目大宮織田信長加納加納市観音寺城十楽織豊政権高萩新宿田辺保内商人

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世界大百科事典内の楽市の言及

【市】より

…例えば,1585年(天正13),後北条氏治下の武州松山本郷の市では,〈市の日商人中にていか様の問答これある共,奉公人一言も綺(いろ)ふべからず,町人さはきたるへき事〉として,商人たちの争論の裁決は,町人の自治によることを規定している。 さらに,楽市として,市場税を免除し,市座の独占など専売座席を廃止して,商人が自由に商取引ができるようにした(楽市・楽座)。これは当時の商業流通が進んで,問屋と小売が分離し,問屋が独占権も掌握して,市座などの小売商人の独占権が,大問屋の担う商品流通の妨げとなったことによる。…

【市座】より

…したがって市座を持つ者は領主から営業を保障され,その代償として市座役を納めることになっていた。それに対して,伊勢桑名のように,在地の慣行として市座が設けられていない市(楽市)も存在した。しかし16世紀後半になると,従来からの楽市はしだいに制限されてくる。…

【観音寺城】より

…山腹の諸郭は整然と碁盤目状に区画された区域が目だち,山麓に発達する屋敷群が急峻な山地形にまで拡大し,山上山下全体が城郭構えになった過程を物語る。城下町の石寺は中山道を取り込んで拡張し,その石寺新市に1549年(天文18)楽市の制がしかれたことは全国の楽市のさきがけとして注目される。【村田 修三】。…

【十楽】より

…同様の例として〈一楽名〉も見られるが,このように広く庶民の間で用いられるにつれて,十楽は楽に力点を置いて理解されるようになる。戦国時代,諸国の商人の自由な取引の場となった伊勢の桑名,松坂を〈十楽の津〉〈十楽〉の町といい,関,渡しにおける交通税を免除された商人の集まる市(いち)で,不入権を持ち,地子を免除され,債務や主従の縁の切れるアジールでもあった市を〈楽市〉〈楽市場〉といったように,〈十楽〉〈楽〉は中世における自由を,十分ではないにせよ表現する語となった。〈楽雑談〉〈楽書〉などはみなその意味であり,織田信長はこの動きをとりこみ,みずから安土(あづち)に楽市を設定している(楽市・楽座)。…

【楽市・楽座】より

…戦国時代から安土桃山時代にかけての都市・市場政策。従来楽市・楽座令は,戦国大名および織豊政権が領国経済の統一,その中心としての城下町の繁栄を目的として発布したものであり,楽市は城下町を課税免除,自由交易の場とするために,楽座は独占的な商工業座の解体を目的とした政策であるとされてきた。しかし現在では,これらの権力の発布した楽市・楽座令の以前に,各地に〈縁切り〉を基本的性格とする楽市場なるものがすでに成立していたことが想定され,この法令は城下町の繁栄を目的とした楽市場の機能の利用と位置づけられるに至っている。…

【楽市令】より

…主として16世紀後半,戦国大名および織豊政権が,地方市場,新設の城下町に出した法令。楽市令は大別して次の2種に分けられる。ひとつは,15,16世紀に新しく登場した地方市場で,寺内町(じないちよう)に代表されるような,すでに,楽市場として存在していた市場に,その楽市の機能を保証した,いわば保証型楽市令である。…

※「楽市」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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