機能性ディスペプシア

内科学 第10版の解説

機能性ディスペプシア(胃・十二指腸疾患)

定義・概念
 ディスペプシア(dyspepsia)とは胃の痛みやもたれなどの心窩部を中心としたさまざまな上腹部症状を表す用語であり,機能性ディスペプシアとは「症状の原因となる器質的疾患がないのにもかかわらず胃・十二指腸に由来すると思われる症状が存在するもの」と定義される.またFDではディスペプシア症状が慢性的に認められることが特徴である.すなわちFDとは慢性的なディスペプシア症状によって定義される症候群的な疾患であり,機能性消化管疾患として位置づけられている.このような患者はこれまで慢性胃炎として取り扱われることが多かったが,正しい診断名ではなかった.元来慢性胃炎とは「胃粘膜の組織学的炎症」を意味する診断名であり,症状の有無や程度と関連するものではないからである.胃の組織学的炎症がなくとも症状があることは少なくない.上腹部症状があることと組織学的に胃炎があることは厳密に区別されるべきである.FDという疾患の出現により,このようなどちらかというとあいまいな疾患概念が近年整理されつつある.FDは非常にありふれた疾患で患者数も多く,日常臨床で最も多く遭遇する疾患の1つであるが,患者のQOLは大きく損なわれていることが知られている.臨床医はこの疾患を正しく理解し,対応する必要がある.
分類
 機能性消化管疾患を調査,分類しているRome委員会の定義が有名である.1989年にはじめてFDが定義されたが,現在は2006年に発表されたRomeⅢ分類が使用されている.この分類ではディスペプシアを腹部膨満感,早期満腹感,心窩部痛,心窩部灼熱感の4つの症状のみで定義し,症状を食事と関連する前二者の症状(食後愁訴症候群,PDS)と痛みと関連する後二者の症状(心窩部痛症候群,EPS)に分けていることが特徴的である(表8-4-10)(Tackら,2006).以前はFDに胸やけを含めることがあったが,内視鏡で異常がないのに胸やけや逆流感を生じる疾患は「非びらん性胃食道逆流症(NERD)」として別に扱うことが一般的になっている.
原因・病因
 現在,胃や十二指腸に器質的病変がないにもかかわらずディスペプシア症状があるのは,胃・十二指腸の生理機能の異常によるものであると考えられている.特に胃運動機能異常,内臓知覚過敏などが症状と直接関連する因子として注目されている.このほか,精神心理的因子や胃酸分泌過多,Helicobacter pylori感染,遺伝子異常,感染後ディスペプシア,幼少時・思春期環境,食事因子,生活習慣などさまざまな因子が病因としてあげられているが,実際にはこれら多くの因子が複雑に絡み合い,互いに修飾し合って上部消化管の生理機能異常を発現したり強めたりしており,これが症状発現に寄与していると考えられている(Miwaら,2011).FD患者では機能異常は常に存在しているのではなく,不定期にときとして出現する.すなわち症状は消長することが多いが,精神的・肉体的なストレスや環境の変化によって引き起こされることが特徴である.ストレスに対する過剰な応答がその病態の本質である可能性がある.
疫学
 日本では国民の約1割がディスペプシア症状を慢性的に感じているとされている.わが国でRomeⅢ分類に合致する人は6〜7%存在するとの報告がある.ただ,罹患期間においてRomeⅢ基準に当てはまらない人はこの数倍に上るとみられ,潜在的患者数がきわめて多い,最もありふれた消化器疾患の1つであると考えられる.
臨床症状
 患者は複数のディスペプシア症状を有していることが多い.わが国では特に腹部膨満感や早期満腹感など食事と関連して起こる症状(PDS)を有する患者が多いとされている.またFD患者はその背景に心理的な不安傾向を有するものが多く,肩こりや頭痛などのディスペプシア以外の症状を訴える場合もある.また,非びらん性胃食道逆流症や過敏性腸症候群などほかの機能性消化管疾患との合併が多いことが知られている(オーバーラップ症候群).これらFD患者ではQOLの低下がみられ,またこの疾患をもつ人では労働生産性が低下しているとの報告がある.
診断
 この疾患は自覚症状で定義される症候群的な疾患であり,診断は器質的疾患の除外診断が基本となる.一般的には胃内視鏡検査で食道炎や消化性潰瘍,癌などの器質的疾患を検査し,採血や採尿で代謝性疾患や肝疾患などを否定でき,また超音波や腹部CTで膵癌や胆石などを除外できるにもかかわらず上腹部症状のあるものをFDと診断する.また症状は慢性的に認められることが重要で,これがFDを疾患として定義する根拠となっている.現在のRome Ⅲ基準では「6カ月以上前に出現し,最近3カ月間継続して症状を認めるもの」と定義している.日常臨床では必ずしもこの定義に厳格に従う必要はないが,慢性的に症状を呈することを確認することが重要である.
 FDは消化管機能異常を伴うものが多いが,この機能検査が必ずしも治療に役立つものではない.胃の食後期運動では食事摂取時に近胃(穹隆部)に生じる拡張反応(適応性弛緩反応;accommodation reflex)と胃からの食物の排出時間が食後の早期満腹感やもたれと関連から注目されている.また内臓知覚過敏も胃の痛みとの関連で注目されている.胃排出時間を調べるにはアイソトープ法,呼気テスト,超音波法などが,適応性弛緩反応や知覚を調べるにはバロスタット法などが用いられる.
鑑別診断
 逆流性食道炎(非びらん性胃食道逆流症),急性胃炎,消化性潰瘍,胆石・胆囊炎,膵炎などの上腹部疾患のほか,消化管の閉塞や急性肝炎,大腸の炎症性疾患,心疾患,婦人科疾患,泌尿器疾患,内分泌疾患,精神疾患など幅広い疾患の鑑別が必要である.患者は症状を十分に説明できていなかったり,症状を誤解していたりすることもあるため,問診には十分に注意することが必要である.また精神科的疾患,特に身体表現性障害や軽度のうつ病などは鑑別が困難なことがあるため注意が必要である.
 危険徴候(alarm features)を有する患者では器質的疾患が隠れている可能性が高いと考え特に注意して対応すべきである.危険徴候とは体重減少,嚥下困難,嘔吐,消化管出血,貧血,発熱,胃癌の家族歴,40歳以上で初発したディスペプシア症状をいう.
経過・予後
 FDそのものは生命予後の良好な疾患と考えられている.しかし,症状がなくなる(治癒する)ことは少なく,時間経過とともに軽減・消失したり増悪・再発したりすることが知られている.
治療
 FDは日常臨床では最もありふれた疾患であるが,FD患者のQOLは大きく低下していることが知られている.たとえ器質的疾患がなくともFDはれっきとした疾患であり,患者は治療を必要としているのだとの認識をもつことが大切である.FD患者では軽度の気分障害を背景に有することが多く,ストレスや不安などが症状を増強していることも多い.このため,検査と薬物療法に終始するのではなく患者の話を注意深く聞き,良好な医師-患者関係を構築することがきわめて重要である.また認知行動療法や催眠療法などの心身医学的あるいは心理的アプローチが有効であることも多いが,これらの治療には専門的な知識や技術が必要であり,現実的には薬物療法が主体となっている.ただFD患者ではプラセボ効果が50%程度あるともされることから,治療薬の有効性の判定には注意を要する.
 実際の薬物治療としては胃酸分泌抑制薬(プロトンポンプ阻害薬,H2受容体拮抗薬),消化管運動機能改善薬が第一選択薬として用いられることが多い.一般にはPDSには消化管運動機能改善薬が,EPSには胃酸分泌抑制薬が用いられることが多い.しかし患者の訴えるディスペプシア症状から病態を推定することには限界があることに留意して治療を選択すべきである.これらの効果が十分でないときには抗うつ薬や抗不安薬などが用いられることもある.最近ではある種の漢方薬の効果も注目されている.H. pylori除菌治療も推奨されているが,その効果は必ずしも大きいものではなく,むしろ癌や潰瘍の予防を見据えた社会的適応の側面が大きいと考えられている.[三輪洋人]
■文献
Miwa H, Watari J, et al: Current understanding of pathogenesis of functional dyspepsia. J Gastroenterol Hepatol, 26: 83-87, 2011.
Tack J, Talley N, et al: Functional gastroduodenal disorders. Gastroenterology, 130: 1466-1479, 2006.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

機能性ディスペプシア
きのうせいでぃすぺぷしあ
functional dyspepsia

消化管の炎症など器質的な疾患を原因とせず、機能的な異常が上部消化管におこる症状。FDと略される。ディスペプシアは「消化不良」を意味する。心窩(しんか)部(みぞおち)の痛み(上腹部痛)や灼熱(しゃくねつ)感(焼ける感じ)、早期飽満感(食べるとすぐ満腹になる)、食物摂取後のもたれや膨満感などの上腹部症状を慢性的に訴えるが、検査しても胃・十二指腸潰瘍(かいよう)などの器質的疾患は認められず、食道への逆流などの症状も見当たらない。胃を中心とした消化管の運動亢進(こうしん)や低下のほか内臓の知覚過敏がみられ、心理的要因も関係していると考えられる。かつては単に胃炎などと診断されていたが、消化器の明らかな器質的異常が認められず機能的な異常と考えられる場合を機能性ディスペプシアとよぶようになっている。つらい症状が慢性的に続くため、患者のクオリティ・オブ・ライフは著しく低下する。

 下部消化管の機能異常である過敏性腸症候群などに対しては「機能性消化不良」という表現が使われていたが、これに胃を中心とする上部消化管の機能性ディスペプシアを加えて「機能性消化管障害」と考えるようになっている。国際的な診断基準では、心窩部痛、心窩部灼熱感、早期飽満感、食後のもたれ感の四つの症状のうち、一つ以上が慢性的に続いている場合を機能性ディスペプシアと診断するとしている。治療は食生活を含めた生活習慣の改善のほか、症状に応じて保険適用となった複合的な薬物療法が行われる。

[編集部]

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