翻訳|inflammation
炎症の〈炎〉は,肺炎,中耳炎,虫垂炎などと日常使われている言葉で,身体の一部分の器官の名前の後に付けて,その部分に起こった熱や痛みを伴う病気を示している。炎症とは,このように〈炎〉の付く病気や,また〈炎〉の付かない病気でも日常よくみる“はれもの”とか“できもの”のように熱,痛み,はれを伴う病気の総称であり,腫瘍とか循環障害とか奇形などとは異なった疾患群を示す医学用語である。
炎症の概念はギリシア医学の昔からプレグマphlegma(蜂巣炎,たとえば“できもの”が皮下組織に幅広く広がった状態)の言葉として使われており,この言葉は“燃える”という概念を示していた。つまり炎症とは〈炎のように燃えている病気〉,すなわち〈熱を伴う疾病〉ということであった。ローマ時代になると炎症の概念は具体的となり,A.C.ケルスス(紀元1世紀ころ)は,発赤rubor,はれtumor,熱calor,痛みdolorからなる,炎症の四つの特徴を記載した。“できもの”をみれば,この四つの主徴は容易に理解されよう。1793年J.ハンター(スコットランドの外科医)は,炎症とは病気ではなく,個体に有益な効果を起こすための反応〈生体防御反応〉であるという考えを導入した。コーンハイムJulius Cohnheim(1839-84)は,炎症の起こる経過をカエルの腸間膜を用いて顕微鏡で観察し,炎症の初めに血管が拡張し,次いで血液の流れが変化し,そして白血球や血清が血管からしみ出る(滲出という)ことを記載し,炎症の実験的研究の口火を切った。この観察は現在でも確認されている重要な知見であった。歴史的に重要なもう一人の学者は,ロシアの生物学者É.メチニコフである。彼は,白血球という細胞が細菌や異物を細胞の中にとり込んで溶かしてしまうことを発見した(1892)。この現象を貪食作用という。彼は,炎症の目的,すなわち血管が拡張し白血球が滲出する現象は,進入してきた細菌などを白血球に貪食させるために生じていると結論した。しかし当時多くの学者は,血管からしみ出た血清が細菌などを無毒にすると考えていた。現在では,貪食細胞(食細胞)などによる細胞性要素と,血清などによる液性要素との両方が,炎症過程に重要な要因であるということがわかってきている。
炎症の原因は,微生物ことに細菌やウイルスなどの感染が最も頻度の高いものであるが,酸やアルカリなどの化学物質,火傷,外傷,放射線などの物理的な要因,アレルギーなどの免疫反応など種々のものがある。炎症は次のような経過をたどる。
(1)血管透過性の亢進 まず局所の刺激に反応して細動脈や毛細血管が拡張して局所の血流量が増加する。この状態は発赤および局所の熱感という症状に相当している。これまでの過程は血管神経反射によるものと考えられている。次いで血管内圧が上昇し,さらに血管壁の物質透過性が亢進し,局所に血液中のタンパク質などがしみ出てくる。このため,局所のはれ,浮腫edemaが生ずる。血管の透過性の亢進には,ヒスタミン,セロトニン,ブラジキニンやプロスタグランジンなどの物質が複雑に関与している。痛みの原因は,はれによる周囲神経への圧迫などによると考えられていたが,現在では,むしろセロトニンやブラジキニンと共同して働くプロスタグランジンの作用が局所の痛みに関与していると推測されている。
(2)滲出 次いで,血液中の白血球(主として好中球と単球)が血管から周囲の組織内に出てくる。電子顕微鏡で見ると,白血球はまず血管壁の内腔側にある血管内皮細胞に付着し,次いで内皮細胞の細胞間隙へ侵入し,そして内皮細胞と周囲組織との間にある基底膜を破って血管の外へと出る。
(3)化学走性 血管の外に出た白血球は細菌などの外敵に向かって移動していく。この現象を白血球の化学走性chemotaxis(〈走性〉の項目参照)という。好中球の場合,化学走性を起こすおもな因子として細菌と補体とがある。好中球がなぜ化学走性を示すのかはまだ十分に解明されていないが,化学走性を起こす因子にあるポリペプチド鎖と結合する受容体が好中球の表面に存在し,まずこの部分での結合が最初に起こると考えられている。単球の場合は,細菌,補体,リンホカインおよび抗原抗体複合物などが化学走性因子としてわかっている。また好酸球は,肥満細胞から放出される因子によって集まることが判明している。
(4)貪食作用phagocytosis 食作用ともいう。細菌を貪食する場合を例に挙げると,白血球ことに好中球による細菌の認識,とり込み,細菌の分解という3段階から成る。認識する過程では,細菌が血清中の液性因子によって包まれて初めて好中球にとり込まれる。この液性因子をオプソニンopsoninと呼び,血清グロブリンや補体からできている。好中球はこのオプソニンで包まれた細菌に接すると,好中球の細胞質の一部が手を出すように伸展し,ちょうど2本の腕でボールを抱くように細菌をとり囲み,ついに2本の腕は一つに癒合して完全に細胞の中に封じ込んでしまう。とり込まれた細菌は好中球の顆粒から放出される酵素,リゾチームなどにより細菌の壁が溶かされ,さらに顆粒から放出されるペルオキシダーゼを介して殺菌作用を示す過酸化水素ができ,この働きによって細菌は完全に消失してしまう。
多くの急性炎症では前述した白血球の中でも好中球が炎症細胞の主役であるが,アレルギー性炎症では好酸球が多く出現する。慢性炎症では単球,マクロファージ,形質細胞およびリンパ球が主体となる。なかでもマクロファージは最も活発に貪食作用を示す細胞で,その大部分は血液中の単球に由来することから,マクロファージと単球とを合わせて単核細胞貪食系mononuclear phagocytic systemと呼ばれている。血液以外から由来するマクロファージは,組織に存在する組織球,肝臓のクッパー星細胞,肺の肺胞マクロファージ,リンパ節や脾臓にあるマクロファージおよび胸膜や腹膜上皮由来のマクロファージなど,いわゆる細網内皮系reticuloendothelial systemといわれているものに属する細胞である。
炎症は,その持続期間によって分類すると,ほぼ1ヵ月以内に消える急性炎症acute inflammation,数ヵ月から数年にわたる慢性炎症chronic inflammationに分けられ,その中間の炎症は亜急性炎症subacute inflammationという。また炎症病巣の病理組織学的な分類では次のものがある。
(1)漿液性炎serous inflammation 主として皮膚の疱疹にみられるように,液性物質のみの滲出が主体となるもので,通常跡も残さず治癒してしまう。
→湿疹
(2)繊維素性炎fibrinous inflammation 滲出物としてフィブリンfibrinの析出を伴うもので,リウマチや尿毒症のときなどにみられる心外膜炎などで,治癒してもしばしば繊維性の癒着を生ずる。
(3)カタル性炎catarrhal inflammation 普通の風邪のときに鼻汁がたくさん出るような状態をカタルといい,多量の粘液の分泌を伴う炎症。
(4)化膿性炎purulent(suppurative) inflammation 急性の炎症で,多量の好中球の滲出を伴い,たとえばできもののようにうみを生ずる炎症。炎症病巣には,好中球のほかに,変性した細胞,壊死に陥った組織,および好中球から放出された酵素によって融解した細菌などがみられる。
→膿瘍
(5)偽膜性炎pseudomembranous inflammation ジフテリアによる喉頭炎や細菌性腸炎などにみられ,粘膜の上を汚い膜様のものが覆う炎症。膜は,壊死となった粘膜細胞に滲出した白血球やフィブリンが加わってできたもので,偽膜と呼ばれる。
(6)肉芽腫性炎granulomatous inflammation 結核やハンセン病などのような特殊な病原菌によって生ずる慢性炎症の代表的な型のもので,慢性肉芽腫性炎ともいう。これらの病名に〈炎〉という字が使われていないのは,前述の炎症の四徴を示さない病気なので,かつて結核も腫瘍かと考えられていた時代があったためである。しかも肉芽腫性炎は,組織に発熱や発赤を伴わないで硬い腫瘤を形成するため,増殖性炎proliferative inflammationとも呼ばれる。病巣部には単球やマクロファージが多数出現し,かつ,これらの細胞は病巣内で分裂・増殖をする。さらにマクロファージは,繊維芽細胞の増殖をも誘導するため,硬い腫瘤が形成され,したがって腫瘍のような特殊な形を呈する。梅毒や真菌感染fungal infectionも肉芽腫性炎の型を示す。
形態学的な分類では,各臓器の実質細胞が主として侵されるものを実質性炎parenchymatous inflammationと呼び,実質組織の間の支持組織すなわち間質に炎症が生ずるものを間質性炎interstitial inflammationと呼ぶ。肺炎を例に挙げると,酸素交換を行う肺胞腔に直接障害が生ずる炎症が肺実質性炎,すなわち肺炎であり,呼吸上皮の支持組織である肺胞間に病巣の主体がある場合を間質性肺炎として区別する。このほか,原因として抗原抗体反応が考えられるような炎症はアレルギー性炎allergic inflammationと呼ぶ。アレルギー性炎については〈アレルギー〉の項を参照されたい。
執筆者:長島 和郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
古代ギリシア医学の時代から注目されていた病変で、「燃える」という概念のことばが用いられ、実際には発赤(ほっせき)、腫脹(しゅちょう)、熱感、疼痛(とうつう)、機能障害がおもな徴候とされている。臓器または組織名に「炎」という字をつけ、ラテン語またはギリシア語では-itisという接尾語をつけるのが習慣である(腎炎(じんえん)nephritis、肝炎hepatitisなど)。炎症の定義としては、生体の細胞、組織になんらかの変化、すなわち損傷をもたらす侵襲に対する生体の応答(反応)の表現である、とされている。具体的には局所の細胞組織の受け身の変化と、循環障害、ことに血管内の血漿(けっしょう)や血球がその場に異常に出る現象を意味する滲出(しんしゅつ)、およびその部の細胞増殖を総合して、炎症の語が使われる。とくに滲出傾向の著明なものを滲出性炎と一括し、滲出したものの中に線維素を多く含んでいるものを線維素性炎、白血球を多く含んでいるものを化膿性(かのうせい)炎とよぶなど、種々の型に分類されている。また炎症の場における細胞増殖としては、リンパ球、単球、形質細胞などを除けば、細網内皮系(網内系)細胞の増殖が特徴であり、肉眼的には結節状の病変、すなわち肉芽腫として認められるので、肉芽腫性炎とよばれる。これには結核症、梅毒、ハンセン病などが含まれている。また肉芽腫性炎は、従来から、病原菌により特殊病巣を形成するとの意味から、特殊性(特異性)炎とよばれる習慣があった。肉芽腫性炎といっても原則としては滲出から始まるもので、時間の経過とともに網内系細胞の増殖による肉芽腫を形成するわけで、病因の質、量および個体、局所の条件などの組合せによって複雑な変化を呈する。
[渡辺 裕]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 あなたの健康をサポート QUPiO(クピオ)生活習慣病用語辞典について 情報
…粘液を分泌する粘膜細胞に炎症が起き,その結果多量の粘液分泌を起こす状態をいい,このような炎症をカタル性炎catarrhal inflammationという。ギリシア語のkatarroos(下へ流れる)からきた言葉である。…
…炎症の過程に伴う現象の一つ。組織の損傷部に多量の好中球が集まり,組織の融解が起こり,局所に濃厚な液を貯留することをいう。…
…これは,病気に対する生体の態度が受動的であるか能動的であるかによって病変を大別する立場で,前者を退行性病変,後者を進行性病変とする。これに加えて,生れながらの病的状態である奇形,血液やリンパ液の流れの異常を契機とする循環障害,病因に対する防御反応としての炎症,細胞増殖機構の異常の結果起こる腫瘍の6群を基本的病変としている。
[伝統的な病変分類]
(1)退行性病変は,障害因子の作用が生体の反応よりも強いために起こる変化であって,極型は死である。…
※「炎症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新