出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
消化管すなわち食道,胃,小腸(とくに十二指腸)および大腸,さらに膵臓や胆道系の疾患で,消化管内に出血を生じ,血液が口から吐出したり(吐血hematemesis),肛門から排出する(潜出血occult bleedingあるいは下血melena)こと。
消化管出血は多くの消化器疾患においてみられる症状の一つで,出血量の少ない場合には自覚症状もなく見過ごされやすい。しかし,出血が長期にわたって持続する場合には,貧血症状(頭痛,めまい,顔面蒼白など)が起こってくる。出血が大量となると失血性ショックに陥り生命の危険にさらされることも少なくない。一般に急性出血の場合500ml以下であれば症状を呈することは少ないといわれているが,高齢者における出血は危険度が高く,また死亡率も高い。
少量の出血では糞便の外観に変化はない。このような出血を潜出血という。潜出血があると糞便の潜血反応occult blood testが陽性となるので,出血性病変の有無を知ることができる。しかし,この検査はヘモグロビンが塩酸と結合した塩酸ヘマチンの化学反応を利用するものであるため,動物性食品でも陽性となる。そこで,この検査にあたっては,食事内容の制限を厳守する必要がある。出血の量が多くなると,新鮮血(血便bloody stool)や黒色便(タール便tarry stool)の排出がみられるようになる。これを下血という。タール便は,〈のりのつくだ煮様〉とも形容される粘稠な黒色便で,胃腸管分泌の消化作用を受けたことを意味し,一般に上部消化管(食道,胃および十二指腸)を含めて,回盲部より口側での出血の際に認められる。しかし,下部腸管からの出血でも腸管内での停滞時間が長い場合にはタール様を呈したり,上部消化管の出血でも通過時間が速かったり,大量出血では新鮮血を排出する場合もあり,糞便中の血液の性状のみで出血部位を決定することはできない。また鉄剤やビスムート剤の服用でも便色は黒くなり,肉食後やブロムサルファレイン(検査試薬)の注射後では赤みをおびることもある。原因としては,上部消化管疾患のほかに小腸ポリープ,メッケル憩室炎,クローン病,潰瘍性大腸炎,虚血性大腸炎,細菌感染性腸炎および大腸癌など数多の疾患がある。わずかに血液が糞便に混入したり,糞便の表面に新鮮血の付着する場合は,大腸下端,直腸および肛門からの出血が考えられる。
新鮮血またはコーヒー残渣様血液を吐出することで,胃および十二指腸に血液が貯留した場合に起こり,その血液の性状にかかわらず,大多数の例で上部消化管における中等量から大量の出血を意味する。一般に,食道からの大出血以外は,ヘモグロビンが胃液と反応して塩酸ヘマチンとなるので,褐色の沈殿をもつコーヒー残渣様吐物となる。このため新鮮血を吐く喀血とは区別できる。原因としては,胃潰瘍,十二指腸潰瘍が最も多く,出血性胃炎,食道静脈瘤が次ぎ,胃癌でも吐血することがある。しかし,胃癌での出血は,慢性持続性出血の型をとるものが多いため,下血の形をとることが多い。また,飲酒後嘔吐した際に食道胃接合部近傍粘膜に裂傷を生じ出血するマロリー=ワイス症候群も大量出血を起こす。そのほか,遺伝性出血性末梢血管拡張症では,家族内に吐血が頻発することから診断される。やけど,胸手術その他強い精神的ストレスが吐血の原因となることもある。
1952年,パーマーE.D.Palmerが〈積極的に出血源を検索しても病態の悪化はない〉との説を提唱して以来,現在では早期にX線検査や内視鏡検査が行われるようになった。その結果,手術適応の決定も迅速に行われるようになり,またX線検査や内視鏡を用いた止血操作によって患者の救命効果成績は向上している。欧米では消化管出血に際して緊急検査としての血管撮影が一般的であるというが,日本では上部消化管にはパンエンドスコープによる内視鏡検査が食道,胃および十二指腸の出血源の検索に活用されている。また下部消化管では,直腸鏡のほかに回盲部まで観察できる大腸ファイバースコープがある。
消化管出血の出血源は,このようなX線や内視鏡による検査で大部分は診断されるが,検査方法の進んだ今日でも約10%の出血は原因不明である。
出血量の推定は必ずしも容易ではない。吐血や下血の量にプラスして胃および腸内に停留している血液量を考慮しなくてはならないからである。血液検査も重要な検査である。しかし赤血球数やヘマトクリット値は出血直後では正常範囲にとどまっており,低下するまでに数時間を要する。これは,出血直後に循環血漿量が減少すると代償性反応として末梢血管が収縮するため,かなりの出血があっても血液が希釈されず,血液組成にあまり変化が生じないからである。したがって,出血初期には血液検査からの出血量の推定はできない。出血後早期に血液が消化管から吸収され,腎機能が正常であれば血清尿素窒素が上昇し,24時間前後で最高に達するので,出血の動態を知る一つの指標となる。一般に出血量の最も重要な指標は循環不全の症状で,血圧が100mmHg以下,脈拍数が100/分以上あって微弱であれば,全身血液量の20%以上に及ぶかなりの出血があると判定する。さらに血圧が低下し80mmHgまたはそれ以下で,脈も細く,脈拍数が120/分以上になり,ショックあるいはその準備状態となり,顔面蒼白,皮膚の冷感,発汗そして意識も混濁してくれば,出血量は循環血液量の40%近いと考えるべきである。
大量出血でショックに陥った場合には,輸血,輸液,酸素吸入,強心剤投与などがまず必要である。輸血は,血圧が回復し起座性の頻脈がみられなくなるまで続ける。止血の目的では,止血剤の投与,上腹部冷罨(れいあん)法,冷水による胃内冷却法などが行われ,食道からの出血にはゼングスターケン=ブレークモア管Sengstaken-Blakemore tubeの挿入,門脈圧亢進に対してはピトレッシン静脈注射などが試みられる。近年,X線による血管撮影に引きつづき塞栓剤の注入および内視鏡を通しての高周波電流による,あるいはレーザー内視鏡による凝固止血がしばしば用いられる傾向にある。各種止血用薬剤の内視鏡による局所治療が試みられている。
吐血または下血,いずれも消化器疾患で重要な所見である。吐物または排出物をすみやかに医師に見せ,適切な処置の指示を受ける必要がある。
執筆者:草刈 幸次
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
食道から肛門に至る消化管のいずれかの部位で起きる出血の総称。略称GIB。十二指腸が空腸と結合する十二指腸空腸曲にあり、十二指腸を支える十二指腸提筋(トライツ靭帯(じんたい))を境界として、上部に位置する食道、胃、十二指腸などの部位に生じた出血を上部消化管出血、下部から肛門へ向かう小腸、大腸などの部位に生じた出血を下部消化管出血とよぶ。
上部消化管出血では吐血がみられ、短時間で真っ赤な鮮血が出る場合と、胃液の酸などで変色し時間が経過してからコーヒー残渣(ざんし)様の黒褐色の血が吐出される場合がある。また、肛門からタール便(黒色便)とともに下血もみられる。胃・十二指腸潰瘍(かいよう)など消化性潰瘍による出血の頻度がもっとも高く、再発することが多い。近年、消化性潰瘍の再発予防にその原因となるピロリ菌除去が有効であることが判明している。ほかに肝硬変などに伴う食道静脈瘤(りゅう)、出血性胃炎、胃癌(がん)などの悪性腫瘍(しゅよう)、アルコール過剰摂取などによる嘔吐(おうと)の反復で食道などに裂傷をきたすマロリー‐ワイス症候群、さらに解熱鎮痛薬の服用・外用なども原因となる。
下部消化管出血ではおもに肛門から下血がみられ、上部消化管以外の盲腸や上行結腸からの出血による黒色のタール便と、結腸より下の部位、さらに肛門に近いS状結腸や直腸からの出血に多い鮮紅色の鮮血便がみられる。下部消化管出血は、大腸ポリープや大腸癌による出血の頻度がもっとも高いが、炎症性病変を伴うクローン病、潰瘍性大腸炎、血管性虚血性大腸炎、感染性腸炎、大腸憩室のほか、薬剤使用が原因となる薬剤性腸炎などもある。ほかに小腸に潰瘍やびらんによると考えられる出血を認めるが病態不明で出血源がわからず、貧血症状のほかタール便や鮮血便を伴い再発を繰り返す難病もある。
[編集部]
…そのほか,上腹部の不快感,重苦しくて張る感じ,胸焼け,吐き気などを伴うこともある。ときには胃潰瘍から出血があり吐血や下血がみられることがある(消化管出血)。吐血の場合,血液が多量に出たとき以外は,血液のヘモグロビンが胃液の酸により塩酸ヘマチンとなり,黒褐色になったりコーヒー残渣様になって嘔吐される。…
※「消化管出血」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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