機能性ディスペプシア

EBM 正しい治療がわかる本 「機能性ディスペプシア」の解説

機能性ディスペプシア(機能性胃腸症)

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 胃の痛み、胃のもたれなど上腹部症状を訴えて医療機関を受診しても、必ずしもなんらかの異常が見つかるとはかぎりません。なぜそのような症状がでるのかというと、潰瘍(かいよう)やがんのように、上部消化管内視鏡検査胃カメラ)や腹部エコーなどでわかる器質的疾患(特定の場所に病変が観察できる病気)ではなく、そのような検査ではわからない胃や十二指腸の機能の障害が原因ではないかと考えられます。
 そこで、原因となる器質的疾患や全身性疾患、代謝性疾患がないのに、胃の痛みや胃もたれなどの上腹部症状が慢性的に続く病気を、機能性ディスペプシア(ディスペプシアとは上腹部の症状を表す英医学用語)あるいは機能性胃腸症と呼ぶようになりました。この病気は以前は慢性胃炎神経性胃炎などと呼ばれていました。しかし現在は、慢性胃炎は症状の有無に関係なくピロリ菌感染がおもな原因でおこる組織的な胃粘膜の炎症と定義されています。
 機能性ディスペプシアは、機能性消化管障害に含まれる病気のひとつです。機能性消化管障害とは器質的疾患がないにもかかわらず、慢性的に消化器症状がある病気の総称で、ほかには過敏性腸症候群に代表される機能性腸障害、機能性食道障害、機能性腹痛症候群、機能性胆のう障害など多くの病気があります。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 機能性ディスペプシアの原因については、胃酸の過剰な分泌あるいは低下などの異常、胃・十二指腸の運動機能異常、内臓の知覚異常、ピロリ菌などの細菌やウイルス感染、心因的因子、遺伝的素因、消化管ホルモンの異常、腸内細菌の関与など、多岐にわたる要因が複雑に絡み合っていると考えられています。しかし、未だ明らかになっていないことも多いのが現状です。
 上腹部の痛み、不快感、膨満感(ぼうまんかん)、胃もたれ、吐き気などの上腹部症状のなかでも、胸やけや明らかな胃液の逆流症状がある場合は非びらん性胃食道逆流症(NERD)という別の機能性消化管障害に区別されています。もちろん器質的疾患がないことが前提条件ですから、命にかかわるような病気ではありません。また、機能性ディスペプシアはストレスなどの心因的因子が原因のひとつなので、うつ病や不安障害などの精神科的・心療内科的疾患が合併したり、同じ機能性の異常である過敏性腸症候群や非びらん性胃食道逆流症などを合併したりしていることがあります。
 機能性ディスペプシアの診療では、器質的疾患を除外するために上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)を行うことが勧められます。とくに欧米と比べて胃がんの発生が多い日本では、診療のいずれかの段階で行うことが必要と思われます。そのほか消化管以外の器質的疾患を除外するために、腹部超音波検査腹部CT検査が必要な場合があります。また、全身性疾患や代謝性疾患を除外するために、採血をして血液生化学や免疫学的検査を行う場合もあります。ピロリ菌が陽性であれば除菌治療することで症状が改善することがあるので、ピロリ菌感染の有無をチェックすることもあります。
 機能性ディスペプシアは症状の詳細を把握することが重要なので、自己記入式質問票を用いて症状の種類や程度を客観的に評価することも有用です。さらに、ストレスなどの心因的・社会的因子が原因のひとつなので、うつ傾向を調べる質問票やQOL(生活の質を表す指標で、症状により日常生活がどの程度妨げられているかということ)を評価する質問票、不安状態を反映する質問票、睡眠を評価する質問票など、さまざまな心療内科的な検査が必要とされる場合もあります。
 限られた施設でのみ受けられる検査ですが、胃や十二指腸などの消化管機能を調べる検査(胃排出能や胃弛緩(しかん)反応など)を行う場合もあります。しかし検査結果と症状や治療への反応が必ずしも一致しないため、一般的にはそれほど行われていません。

●病気の特徴
 機能性ディスペプシアは近年になって概念が確立した新しい病気で、1990年代にアメリカで提唱され、日本では2013年に初めて保険診療名として承認されましたが、従来より器質的・全身的疾患がないのにもかかわらず上腹部の痛みや不快感が続くような患者さんが多く存在し、神経性胃炎あるいは慢性胃炎と診断されていました。


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]プロトンポンプ阻害薬(そがいやく)やH2受容体拮抗薬(じゅようたいきっこうやく)などの酸分泌抑制薬を用いる
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 酸分泌抑制薬は機能性ディスペプシアの症状を軽減する効果があるという研究が報告されていますが、細かくみると、機能性ディスペプシアの症状により効果は異なり、胃痛や胃部灼熱(しゃくねつ)感では効果がみられるものの、胃もたれや膨満感では効果がみられなかったとの報告があります。(1)(2)

[治療とケア]プロトンポンプ阻害薬とH2受容体拮抗薬の効果に有意差は認めない
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 効果を比較した研究は少ないですが、効果に違いがあるとの明らかな証拠はありません。(2)

[治療とケア]消化管運動機能改善薬を用いる
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 消化管運動機能改善薬とは機能性ディスペプシアをはじめとする機能性消化管疾患の治療薬として開発された薬剤で、消化管運動機能改善を中心に、内臓知覚過敏の改善効果を示す薬剤の総称です。消化管運動機能改善薬はとくに胃もたれ、膨満感などの症状改善に有効と報告されています。(2)(3)

[治療とケア]ピロリ菌陽性の場合は除菌治療を行う
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] ピロリ菌を除菌しても症状が改善されない場合が多いですが、一部の患者さんには効果があるとの報告があります。(4)

[治療とケア]漢方薬を用いる
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 漢方薬による治療が胃運動機能低下を改善し、上腹部(心窩部(しんかぶ)、みぞおちのあたり)膨満感の痛みや吐き気、げっぷなどの上腹部症状の改善に有効との報告があります。(5)(6)

[治療とケア]抗うつ薬抗不安薬を用いる
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 精神心理的側面が機能性ディスペプシアに深く関与するため、抗うつ薬、抗不安薬が治療として用いられ、有効性が報告されています。(7)(8)

[治療とケア]制酸薬、粘膜保護薬を用いる
[評価]★→
[評価のポイント] 制酸薬や粘膜保護薬が症状改善に有効であるとの明らかな証拠はありません。(2)(9)

[治療とケア]認知行動療法を行う
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 認知行動療法とは症状出現の状況を解析し、症状改善または回避のためにどのような考え方や行動をとるのが適切であるのかを本人および医師の間で確認していく治療法で、機能性ディスペプシアの治療に有効です。これには、生活指導・食事指導という側面や、医師との信頼関係の確立といった側面もあります。(10)

[治療とケア]食事療法を行う
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 高カロリー脂肪食は炭水化物を中心とした高カロリー食および低カロリー食と比較して嘔気と痛みが強くなるとの報告があります。高カロリー脂肪食を避けることにより症状の一部が軽減できるかもしれません。(11)

[治療とケア]飲酒と喫煙は症状を悪化させる
[評価]☆☆
[評価のポイント] 飲酒ありと喫煙ありが機能性ディスペプシアの患者さんに多いという報告もあれば少ないとの報告もあり、はっきりしません。(12)(13)


よく使われている薬をEBMでチェック

酸分泌抑制薬
[薬用途]プロトンポンプ阻害薬
[薬名]オメプラール/オメプラゾン/オブランゼ/オメプロトン(オメプラゾール)(1)(2)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]タケプロン/タイプロトン/タピゾール/ランソラール(ランソプラゾール)(1)(2)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]パリエット(ラベプラゾールナトリウム)(1)(2)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]ネキシウム(エソメプラゾールマグネシウム水和物)(1)(2)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 胃壁の壁細胞から酸が分泌される最終段階を阻害することにより強力に酸分泌を抑制します。これらの薬剤は、臨床試験によりその有効性や安全性が確認されています。

[薬用途]H2受容体拮抗薬
[薬名]タガメット/カイロック/チーカプト(シメチジン)(2)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]ツルデック/ラデン/ラニザック(ラニチジン塩酸塩)(2)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]ガスター/ガスセプト/ガスドック/ストマルコン(ファモチジン)(2)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]アシノン(ニザチジン)(2)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]プロテカジン(ラフチジン)(2)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 壁細胞のヒスタミン受容体をブロックすることにより酸分泌を抑制します。これらの薬剤は、臨床試験によりその有効性や安全性が確認されています。

消化管運動機能改善薬
[薬名]セレキノン(トリメブチンマレイン酸塩)(2)(3)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]プリンペラン/プラミール/ペラプリン/アノレキシノン/エリーテン/フォリクロン(メトクロプラミド)(2)(3)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]ナウゼリン(ドンペリドン)(2)(3)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]ガナトン(イトプリド塩酸塩)(2)(3)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]ガスモチン(モサプリドクエン酸塩水和物)(2)(3)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]アコファイド(アコチアミド)(2)(3)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] これらの薬剤の作用機序は多種多様ですが、臨床試験によりその有効性や安全性が確認されています。

ピロリ菌の除菌療法〈1次除菌〉
[薬用途]プロトンポンプ阻害薬(酸分泌抑制薬)、アモキシシリン水和物(ペニシリン系抗菌薬)、クラリスロマイシン(マクロライド系抗菌薬)の3剤を併用する
[薬名]オメプラール/オメプラゾン/オブランゼ/オメプロトン(オメプラゾール)またはタケプロン/タイプロトン/タピゾール/ランソラール(ランソプラゾール)またはパリエット(ラベプラゾールナトリウム)またはネキシウム(エソメプラゾールマグネシウム水和物)のいずれか1剤+サワシリン/アモリン/パセトシン/ワイドシリン(アモキシシリン水和物)+クラリス/クラリシッド(クラリスロマイシン)の3剤併用(4)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]ラベキュアパック(ピロリ菌除去用ラべプラゾールナトリウム配合剤)またはランサップ(ピロリ菌除去用ランソプラゾール配合剤):3剤が1日分ごと1シートにパックされた製剤(4)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] プロトンポンプ阻害薬(酸分泌抑制薬)、アモキシシリン水和物(ペニシリン系抗菌薬)、クラリスロマイシン(マクロライド系抗菌薬)3剤を併用し、1週間内服することにより70~80パーセントの患者さんがピロリ菌除菌に成功します。また、ピロリ菌除菌後に再感染することは少なく、再感染率は年間1~2パーセントです。

ピロリ菌の除菌療法〈2次除菌〉
[薬用途]プロトンポンプ阻害薬(酸分泌抑制薬)、アモキシシリン水和物(ペニシリン系抗菌薬)、メトロニダゾール(抗原虫薬)の3剤を併用する
[薬名]オメプラール/オメプラゾン/オブランゼ/オメプロトン(オメプラゾール)またはタケプロン/タイプロトン/タピゾール/ランソラール(ランソプラゾール)またはパリエット(ラベプラゾールナトリウム)またはネキシウム(エソメプラゾールマグネシウム水和物)のいずれか1剤+サワシリン/アモリン/パセトシン/ワイドシリン(アモキシシリン水和物)+アスゾール/フラジール(メトロニダゾール)(4)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]ラベファインパック(ピロリ菌除去用ラべプラゾールナトリウム配合剤)またはランピオンパック(ピロリ菌除去用ランソプラゾール配合剤):3剤が1日分ごと1シートにパックされた製剤(4)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 1次除菌にて除菌できなかった場合、1次除菌で内服した3剤のうちクラリスロマイシンをメトロニダゾールに替えて1週間内服することにより、90パーセント前後の患者さんがピロリ菌除菌に成功します。また、メトロニダゾール内服中は禁酒が必要です。

漢方薬
[薬名]六君子湯(りっくんしとう)(5)
[評価]☆☆☆
[薬名]半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)(6)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 漢方薬による治療が胃運動機能低下を改善し、心窩部膨満感や吐き気、げっぷなどの上腹部症状の改善に有効との報告があります。漢方薬の効果についてのまとまったエビデンスは少なく、今後さらなる検討が必要です。

抗不安薬・抗うつ薬
[薬名]セディール(タンドスピロンクエン酸塩)(7)
[評価]☆☆☆
[薬名]トリプタノール、トフラニール、アナフラニール、スルモンチール、ノリトレン、アンプリット、アモキサン、プロチアデンなど(三環系抗うつ薬)(8)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 精神心理的側面が機能性ディスペプシアに深く関与するため抗うつ薬、抗不安薬が治療として用いられ、有効性が報告されています。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
検査によって、診断を確定する
 機能性ディスペプシアの診断確定には、胃潰瘍や胃がんなどの器質的疾患や全身性疾患や代謝性疾患を除外するために上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)を行うことが勧められます。また、腹部超音波検査、腹部CT検査、血液生化学、免疫学的検査、ピロリ菌検査などを行う場合もあります。
 ほかにも、症状の詳細を把握して客観的に評価するために、症状についての質問票、QOLを評価する質問票、不安状態や睡眠状態についての質問票など、さまざまな心療内科的な検査が必要とされることもあります。

酸分泌抑制薬や消化管運動機能改善薬を用いる
 プロトンポンプ阻害薬やH2受容体拮抗薬などの酸分泌抑制薬は、機能性ディスペプシアの症状によって効果に違いはありますが、治療薬として有効とされています。
 また、消化管運動機能改善薬は機能性ディスペプシアをはじめとする機能性消化管疾患の治療薬として開発された薬剤で、症状改善に有効です。消化管運動機能を中心に内臓知覚過敏の改善に効果があり、胃もたれ、膨満感などの症状改善に有効です。

ピロリ菌陽性の場合は除菌治療を行う
 ピロリ菌陽性の場合、除菌治療が症状改善に有効です。症状改善の効果があるのは一部の患者さんで、効果がみられない場合も多いのですが、除菌治療による大きな不利益はないため治療の選択肢として勧められています。

機能性ディスペプシアの治療は難しい
 以上のように、機能性ディスペプシアの原因が多岐にわたるように、治療も多岐にわたり、また、プラセボ(偽薬)による改善もかなりの割合でみられることがわかっています。現在のところ機能性ディスペプシアの治療に特効薬はなく、有効とされる治療もプラセボ(偽薬)と比べて効果が飛びぬけているわけではありません。それだけ治療が難しい病気ともいえるでしょう。

(1)Wang WH, Huang JQ, Zheng GF, et al. Effects of proton-pump inhibitors on functional dyspepsia: a metaanalysis of randomized placebo-controlled trials. ClinGastroenterolHepatol. 2007;5:178-185.
(2)Moayyedi P, Soo S, Deeks J, et al. Pharmacological interventions for non-ulcer dyspepsia. Cochrane Database Syst Rev. 2006;4:CD001960.
(3)Matsueda K, Hongo M, Tack J, et al. Clinical trial: dose-dependent therapeutic efficacy of acotiamide hydrochloride(Z-338) in patients with functional dyspepsia - 100mg t.i.d. is an optimal dosage. NeurogastroenterolMotil. 2010;22:618-e173.
(4)Moayyedi P. Eradication of Helicobacter pylori for non-ulcer dyspepsia. Cochrane Database Syst Rev. 2006;2:CD002096.
(5)原澤 茂,三好秋馬,三輪 剛,他. 運動不全型の上腹部愁訴 (dysmotility-like dyspepsia) に対するTJ-43六君子湯の他施設共同市販後臨床試験―二重盲検群間比較法による検討. 医学のあゆみ. 1998;187:207-229.
(6)Oikawa T, Ito G, Hoshino T, et al. Hangekobokuto (Banxia-houpo-tang), a Kampo Medicine that Treats Functional Dyspesia. Evid Based Compliment Alternat Med. 2009;3:375-378.
(7)Miwa H, Nagahara A, Tominaga K, et al. Efficacy of the 5-HT1A agonist tandospirone citrate in improveingsymptom of patients with functional dyspepsia: randomaized controlled trial. Am J Gastroenterol. 2009;104:2779-2787.
(8)Hojo M, Miwa H, Yokoyama T, et al. Treatment of functional dyspepsia with antianxiety or antidepressive agents: systematic review. J Gastroenterol. 2005;40:1036-1042.
(9)Miwa H, Osada T, Nagahara A, et al. Effect of a gastro-protective agent, rebamipide, on symptom improvement in patients with functional dyspepsia: a double-blind placebo-controlled study in Japan. J GastroenterolHepatol. 2006;21:1826-1831.
(10)Haug TT, Wilhelmsen I, Svebak S, et al. Psychotherapy in functional dyspepsia. J Psychosom Res. 1994;38:735-744.
(11)Pilichiewicz AN, Feltrin KL, Horowitz M, et al. Functional dyspepsia is associated with a greater symptomatic response to fat but not carbohydrate, increased fasting and postprandilal CCK, and diminished PYY. Am J Gastroenterol. 2008;103:2613-2623.
(12)蓑田智憲. ドック及び職場検診のNUD (non-ulcer dyspepsia) の実態. 健康医学. 1996;11:196-199.
(13)松谷正一.Non-ulcer dyspepsia患者の背景因子および消化管運動賦活の意義―消化管運動賦活調整剤シサプリドの効果. 診療と新薬. 1994;31:215-221.

出典 法研「EBM 正しい治療がわかる本」EBM 正しい治療がわかる本について 情報

内科学 第10版 「機能性ディスペプシア」の解説

機能性ディスペプシア(胃・十二指腸疾患)

定義・概念
 ディスペプシア(dyspepsia)とは胃の痛みやもたれなどの心窩部を中心としたさまざまな上腹部症状を表す用語であり,機能性ディスペプシアとは「症状の原因となる器質的疾患がないのにもかかわらず胃・十二指腸に由来すると思われる症状が存在するもの」と定義される.またFDではディスペプシア症状が慢性的に認められることが特徴である.すなわちFDとは慢性的なディスペプシア症状によって定義される症候群的な疾患であり,機能性消化管疾患として位置づけられている.このような患者はこれまで慢性胃炎として取り扱われることが多かったが,正しい診断名ではなかった.元来慢性胃炎とは「胃粘膜の組織学的炎症」を意味する診断名であり,症状の有無や程度と関連するものではないからである.胃の組織学的炎症がなくとも症状があることは少なくない.上腹部症状があることと組織学的に胃炎があることは厳密に区別されるべきである.FDという疾患の出現により,このようなどちらかというとあいまいな疾患概念が近年整理されつつある.FDは非常にありふれた疾患で患者数も多く,日常臨床で最も多く遭遇する疾患の1つであるが,患者のQOLは大きく損なわれていることが知られている.臨床医はこの疾患を正しく理解し,対応する必要がある.
分類
 機能性消化管疾患を調査,分類しているRome委員会の定義が有名である.1989年にはじめてFDが定義されたが,現在は2006年に発表されたRomeⅢ分類が使用されている.この分類ではディスペプシアを腹部膨満感,早期満腹感,心窩部痛,心窩部灼熱感の4つの症状のみで定義し,症状を食事と関連する前二者の症状(食後愁訴症候群,PDS)と痛みと関連する後二者の症状(心窩部痛症候群,EPS)に分けていることが特徴的である(表8-4-10)(Tackら,2006).以前はFDに胸やけを含めることがあったが,内視鏡で異常がないのに胸やけや逆流感を生じる疾患は「非びらん性胃食道逆流症(NERD)」として別に扱うことが一般的になっている.
原因・病因
 現在,胃や十二指腸に器質的病変がないにもかかわらずディスペプシア症状があるのは,胃・十二指腸の生理機能の異常によるものであると考えられている.特に胃運動機能異常,内臓知覚過敏などが症状と直接関連する因子として注目されている.このほか,精神心理的因子や胃酸分泌過多,Helicobacter pylori感染,遺伝子異常,感染後ディスペプシア,幼少時・思春期環境,食事因子,生活習慣などさまざまな因子が病因としてあげられているが,実際にはこれら多くの因子が複雑に絡み合い,互いに修飾し合って上部消化管の生理機能異常を発現したり強めたりしており,これが症状発現に寄与していると考えられている(Miwaら,2011).FD患者では機能異常は常に存在しているのではなく,不定期にときとして出現する.すなわち症状は消長することが多いが,精神的・肉体的なストレスや環境の変化によって引き起こされることが特徴である.ストレスに対する過剰な応答がその病態の本質である可能性がある.
疫学
 日本では国民の約1割がディスペプシア症状を慢性的に感じているとされている.わが国でRomeⅢ分類に合致する人は6〜7%存在するとの報告がある.ただ,罹患期間においてRomeⅢ基準に当てはまらない人はこの数倍に上るとみられ,潜在的患者数がきわめて多い,最もありふれた消化器疾患の1つであると考えられる.
臨床症状
 患者は複数のディスペプシア症状を有していることが多い.わが国では特に腹部膨満感や早期満腹感など食事と関連して起こる症状(PDS)を有する患者が多いとされている.またFD患者はその背景に心理的な不安傾向を有するものが多く,肩こりや頭痛などのディスペプシア以外の症状を訴える場合もある.また,非びらん性胃食道逆流症や過敏性腸症候群などほかの機能性消化管疾患との合併が多いことが知られている(オーバーラップ症候群).これらFD患者ではQOLの低下がみられ,またこの疾患をもつ人では労働生産性が低下しているとの報告がある.
診断
 この疾患は自覚症状で定義される症候群的な疾患であり,診断は器質的疾患の除外診断が基本となる.一般的には胃内視鏡検査で食道炎や消化性潰瘍,癌などの器質的疾患を検査し,採血や採尿で代謝性疾患や肝疾患などを否定でき,また超音波や腹部CTで膵癌や胆石などを除外できるにもかかわらず上腹部症状のあるものをFDと診断する.また症状は慢性的に認められることが重要で,これがFDを疾患として定義する根拠となっている.現在のRome Ⅲ基準では「6カ月以上前に出現し,最近3カ月間継続して症状を認めるもの」と定義している.日常臨床では必ずしもこの定義に厳格に従う必要はないが,慢性的に症状を呈することを確認することが重要である.
 FDは消化管機能異常を伴うものが多いが,この機能検査が必ずしも治療に役立つものではない.胃の食後期運動では食事摂取時に近胃(穹隆部)に生じる拡張反応(適応性弛緩反応;accommodation reflex)と胃からの食物の排出時間が食後の早期満腹感やもたれと関連から注目されている.また内臓知覚過敏も胃の痛みとの関連で注目されている.胃排出時間を調べるにはアイソトープ法,呼気テスト,超音波法などが,適応性弛緩反応や知覚を調べるにはバロスタット法などが用いられる.
鑑別診断
 逆流性食道炎(非びらん性胃食道逆流症),急性胃炎,消化性潰瘍,胆石・胆囊炎,膵炎などの上腹部疾患のほか,消化管の閉塞や急性肝炎,大腸の炎症性疾患,心疾患,婦人科疾患,泌尿器疾患,内分泌疾患,精神疾患など幅広い疾患の鑑別が必要である.患者は症状を十分に説明できていなかったり,症状を誤解していたりすることもあるため,問診には十分に注意することが必要である.また精神科的疾患,特に身体表現性障害や軽度のうつ病などは鑑別が困難なことがあるため注意が必要である.
 危険徴候(alarm features)を有する患者では器質的疾患が隠れている可能性が高いと考え特に注意して対応すべきである.危険徴候とは体重減少,嚥下困難,嘔吐,消化管出血,貧血,発熱,胃癌の家族歴,40歳以上で初発したディスペプシア症状をいう.
経過・予後
 FDそのものは生命予後の良好な疾患と考えられている.しかし,症状がなくなる(治癒する)ことは少なく,時間経過とともに軽減・消失したり増悪・再発したりすることが知られている.
治療
 FDは日常臨床では最もありふれた疾患であるが,FD患者のQOLは大きく低下していることが知られている.たとえ器質的疾患がなくともFDはれっきとした疾患であり,患者は治療を必要としているのだとの認識をもつことが大切である.FD患者では軽度の気分障害を背景に有することが多く,ストレスや不安などが症状を増強していることも多い.このため,検査と薬物療法に終始するのではなく患者の話を注意深く聞き,良好な医師-患者関係を構築することがきわめて重要である.また認知行動療法や催眠療法などの心身医学的あるいは心理的アプローチが有効であることも多いが,これらの治療には専門的な知識や技術が必要であり,現実的には薬物療法が主体となっている.ただFD患者ではプラセボ効果が50%程度あるともされることから,治療薬の有効性の判定には注意を要する.
 実際の薬物治療としては胃酸分泌抑制薬(プロトンポンプ阻害薬,H2受容体拮抗薬),消化管運動機能改善薬が第一選択薬として用いられることが多い.一般にはPDSには消化管運動機能改善薬が,EPSには胃酸分泌抑制薬が用いられることが多い.しかし患者の訴えるディスペプシア症状から病態を推定することには限界があることに留意して治療を選択すべきである.これらの効果が十分でないときには抗うつ薬や抗不安薬などが用いられることもある.最近ではある種の漢方薬の効果も注目されている.H. pylori除菌治療も推奨されているが,その効果は必ずしも大きいものではなく,むしろ癌や潰瘍の予防を見据えた社会的適応の側面が大きいと考えられている.[三輪洋人]
■文献
Miwa H, Watari J, et al: Current understanding of pathogenesis of functional dyspepsia. J Gastroenterol Hepatol, 26: 83-87, 2011.
Tack J, Talley N, et al: Functional gastroduodenal disorders. Gastroenterology, 130: 1466-1479, 2006.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「機能性ディスペプシア」の意味・わかりやすい解説

機能性ディスペプシア
きのうせいでぃすぺぷしあ
functional dyspepsia

消化管の炎症など器質的な疾患を原因とせず、機能的な異常が上部消化管におこる症状。FDと略される。ディスペプシアは「消化不良」を意味する。心窩(しんか)部(みぞおち)の痛み(上腹部痛)や灼熱(しゃくねつ)感(焼ける感じ)、早期飽満感(食べるとすぐ満腹になる)、食物摂取後のもたれや膨満感などの上腹部症状を慢性的に訴えるが、検査しても胃・十二指腸潰瘍(かいよう)などの器質的疾患は認められず、食道への逆流などの症状も見当たらない。胃を中心とした消化管の運動亢進(こうしん)や低下のほか内臓の知覚過敏がみられ、心理的要因も関係していると考えられる。かつては単に胃炎などと診断されていたが、消化器の明らかな器質的異常が認められず機能的な異常と考えられる場合を機能性ディスペプシアとよぶようになっている。つらい症状が慢性的に続くため、患者のクオリティ・オブ・ライフは著しく低下する。

 下部消化管の機能異常である過敏性腸症候群などに対しては「機能性消化不良」という表現が使われていたが、これに胃を中心とする上部消化管の機能性ディスペプシアを加えて「機能性消化管障害」と考えるようになっている。国際的な診断基準では、心窩部痛、心窩部灼熱感、早期飽満感、食後のもたれ感の四つの症状のうち、一つ以上が慢性的に続いている場合を機能性ディスペプシアと診断するとしている。治療は食生活を含めた生活習慣の改善のほか、症状に応じて保険適用となった複合的な薬物療法が行われる。

[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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