死の本能(読み)しのほんのう(その他表記)Todestriebe[ドイツ]

改訂新版 世界大百科事典 「死の本能」の意味・わかりやすい解説

死の本能 (しのほんのう)
Todestriebe[ドイツ]

S.フロイト用語。正確には〈死の衝動〉ないし〈死の欲動〉。フロイトの本能論は,本能の内容は理論的展開とともに変わっていったが,つねに二つのものを対立させる二元論である点は変わらなかった。〈死の本能〉は,フロイトがその最後の本能論において,〈生の本能(生の衝動,生の欲動)〉と対立させて提唱した概念である。〈死の本能〉は,一応は陰性治療反応,罪悪感マゾヒズムなどの現象を説明するために考えられた。その理論的根拠は,生物のもつすべての本能のめざすところは緊張を解消し,過去の安定状態を再現することであり,生物は無生物から生じ,かつては無生物であったのだから,すべての生物には,かつての無生物の状態,すなわち死へと向かう基本的傾向があるというもので,いかにも思弁的に過ぎ,後継者たちのあいだで承認しない者も多い。〈死の本能〉の理論によれば,すべての生物は不可避的に内的な原因によって死ぬわけで,〈死の本能〉は一次的には自己破壊へ向かうが,二次的に外部に向かったものが攻撃本能である。〈死の本能〉を承認しない者が疑問をもつのはこの点で,生物は一般に自己の生存を脅かす外敵攻撃するのだから,攻撃は自己の生存に役立つわけで,攻撃本能が〈死の本能〉に由来するというのは矛盾しているとしか思えない。たしかに自殺のように攻撃が自己に向かう場合もあるが,これは自己の生存が自己のなんらかの別の目的と対立することがある人間に特有な現象であって,このほうこそ二次的である。
生の本能
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の死の本能の言及

【精神分析】より

…とはいえ対象喪失によって自我に戻ったリビドーが,捨てられた対象と自我との同一化をつくり出すために用いられるとした彼の鬱(うつ)病論は,今日広範な意義を獲得するにいたった対象喪失の精神力動学の基礎をなす考えである。 エロスに対立する一方の本能は,破壊本能すなわち〈死の本能〉である。この本能の目標は究極には生物を無機状態に還元することだが,〈死の本能〉説はフロイト晩年の着想である。…

※「死の本能」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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