日本歴史地名大系 「氷見町」の解説
氷見町
ひみまち
富山湾の北西にあって、北東に
後世俗に氷見庄内一〇〇ヵ村といわれる村々の年貢米をはじめとする物資の集散地として、また台網(定置網)を中心とした漁業基地として発展するのは江戸時代である。慶長五年(一六〇〇)一〇月二五日前田利長は氷見町に対して、地子米定書(宮永家文書)を下している。これによれば高四八三石八斗、ほかに氷見町
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
富山湾の北西にあって、北東に
後世俗に氷見庄内一〇〇ヵ村といわれる村々の年貢米をはじめとする物資の集散地として、また台網(定置網)を中心とした漁業基地として発展するのは江戸時代である。慶長五年(一六〇〇)一〇月二五日前田利長は氷見町に対して、地子米定書(宮永家文書)を下している。これによれば高四八三石八斗、ほかに氷見町
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