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永井道雄 ながいみちお

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

永井道雄
ながいみちお

[生]1923.3.4. 東京
[没]2000.3.17. 東京
教育社会学者,評論家。雄弁家として著名な代議士・永井柳太郎の長男として生れる。 1944年京都大学文学部卒業後,米オハイオ州立大学大学院で教育哲学,教育社会学を学び博士号を取得する。京大助教授などを経て 63年東京工業大学教授に就任。哲学出身の教育社会学者として論壇で活発に発言し,「大学公社」論を構想した『大学の可能性』 (69) で第4回吉野作造賞を受賞した。 70年東工大を辞職し,朝日新聞社の論説委員となる。 74年三木内閣に文部大臣として入閣,学者文相と呼ばれる。在任中,小・中学校に主任制を導入したため,日教組から批判を受けた。辞任後,朝日の論説委員に復帰,のち上智大学教授,国連大学学長特別顧問などをつとめる。『教育はどこへ』 (84) ,『日本の大学』 (64) など教育関係の著書も多い。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

永井道雄 ながい-みちお

1923-2000 昭和後期-平成時代の教育社会学者,評論家。
大正12年3月4日生まれ。永井柳太郎の次男。オハイオ州立大大学院でまなぶ。母校京大の助教授をへて昭和38年東京工業大教授に転じる。45年辞任し,朝日新聞論説委員になる。49年三木武夫内閣の文相。平成元年国際文化会館理事長,2年脳死臨調会長。平成12年3月17日死去。77歳。東京出身。著作に「日本の大学」「大学の可能性」など。

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