デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「永田茂右衛門」の解説
永田茂右衛門(初代) ながた-もえもん
生地甲斐(かい)(山梨県)で採掘をしていたが,寛永17年常陸(ひたち)(茨城県)にうつる。水戸藩につかえ久慈(くじ)郡で金銀銅山を開発した。のち子の勘右衛門(かんえもん)とともに辰(たつ)ノ口,岩崎,小場(おば)の3大江堰(えぜき)や水路を開発した。万治(まんじ)2年5月22日死去。姓は長田,名は茂衛門とも。
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...