岩田涼菟(読み)イワタリョウト

デジタル大辞泉 「岩田涼菟」の意味・読み・例文・類語

いわた‐りょうと〔いはたリヤウト〕【岩田涼菟】

[1659~1717]江戸中期俳人伊勢の人。蕉門に入り、のち伊勢風基礎を築いた。句集に「皮籠摺かわごずれ」「山中集」など。

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精選版 日本国語大辞典 「岩田涼菟」の意味・読み・例文・類語

いわた‐りょうと【岩田涼菟】

  1. 江戸中期の俳人。岩田氏。別号団友斎、神風館三世。伊勢山田の神官芭蕉門。伊勢風俳諧の祖。編著皮籠摺(かわごずれ)」「山中集」など。寛文元~享保二年(一六六一‐一七一七

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朝日日本歴史人物事典 「岩田涼菟」の解説

岩田涼菟

没年:享保2.4.28(1717.6.7)
生年万治2(1659)
江戸前期の俳人。伊勢の人で伊勢神宮の下級神職。本姓は秦氏だが岩田氏を称す。元禄7(1694)年ごろ各務支考を知り,以後親しく交わった。松尾芭蕉の最晩年の門人と考えられているが,両者の直接的な交渉を示す記録はない。物にこだわらない鷹揚な性格で,「凩の一日吹いて居りにけり」のような平明な作風特色とした。伊勢の俳諧結社である神風館の第3世で,俗談平話を標榜した伊勢派の創始者と目されているが,江戸,北越,九州などに行脚して芭蕉死後の俳壇で大きな勢力を得た。<参考文献>各務虎雄「岩田涼G7EDF」(明治書院『俳句講座』3巻)

(田中善信)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「岩田涼菟」の解説

岩田涼菟 いわた-りょうと

1659-1717 江戸時代前期-中期の俳人。
万治(まんじ)2年生まれ。伊勢神宮の神職で,晩年の芭蕉(ばしょう)の門人。元禄(げんろく)12年江戸で榎本其角(きかく)の序文をえて「皮籠摺(かわごずれ)」を刊行。神風館第3代として伊勢派を興隆にみちびく。弟子に中川乙由(おつゆう)。享保(きょうほう)2年4月28日死去。59歳。本姓は秦。名は正致。通称は権七郎。別号に団友斎。編著に「山中集」。
【格言など】合点ぢやその暁のほととぎす(辞世)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「岩田涼菟」の意味・わかりやすい解説

岩田涼菟
いわたりょうと

涼菟

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世界大百科事典(旧版)内の岩田涼菟の言及

【涼菟】より

…江戸前期の俳人。本姓は秦,ふだんは岩田氏を称した。名は正致。初号は団友,のち団友斎を別号とする。伊勢の下級神職。初め談林系に属したが,晩年の芭蕉に入門。1694年(元禄7),伊勢に庵を構えた支考と親交を結び,美濃派・伊勢派の出発点となった《伊勢新百韻》(1698)の連句に一座,また,支考が俳諧の〈真・草・行〉を示そうと巻いた《三疋猿》(1704)にも同座する。伊勢派の中心人物として各地に行脚し,北越・九州等を勢力圏とした。…

※「岩田涼菟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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