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沖縄米軍基地 おきなわべいぐんきち

知恵蔵の解説

沖縄米軍基地

サンフランシスコ平和条約が1952年に発効し、日本が主権を回復したのちも、沖縄は72年まで27年間も米軍の軍政下に置かれ、今日も在日米軍の施設(基地、訓練場など)の75%が沖縄県に集中し、在日米軍兵力の63%が駐屯、沖縄本島の19%が米軍施設に占拠されている。これに対する沖縄県民の不満は高く、95年9月、3人の米兵による少女暴行事件で不満が爆発し、8万人の県民総決起集会も開かれた。日米政府は95年11月、沖縄に関する特別行動委員会(SACO)を設置、米軍施設の整理・統合・縮小などに取り組む姿勢を示し、特に沖縄で要望の強かった海兵隊普天間飛行場返還については、当時の橋本龍太郎首相がモンデール米駐日大使と直接交渉し、96年4月、5〜7年以内に返還する約束を取りつけた。だが海兵航空部隊を米空軍嘉手納基地に移すことに対し、米空軍の抵抗は激しく、海兵隊キャンプ・シュワブ沖の海上を埋め立て、代替の航空基地を建設することになった。滑走路だけで工費は3500億円と推計され、付帯工事にも数千億円を要するとみられる。サンゴジュゴンなどの自然保護や環境に対する影響もあって調査が進まなかった。2004年8月13日には普天間飛行場に隣接する沖縄国際大学の校舎に海兵隊のCH53D大型ヘリが接触、墜落し、米軍が付近を立入禁止にして、警察官を退去させたため、反発が高まった。06年5月の米軍再編についての日米合意では、キャンプ・シュワブの沖合ではなく大部分を基地内に、一部を沿岸埋め立ての形で移設することが決まった。沖縄では基地地主約3万3200人が年間770億円の地代を日本政府から受け取り、また基地従業員約8800人の賃金も日本政府が支払い、これが多くの県民の生活を支えるに至っている実情もあり、県民の心情は複雑だ。

(田岡俊次 軍事ジャーナリスト / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について | 情報

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