沢野淳(読み)さわの じゅん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「沢野淳」の解説

沢野淳 さわの-じゅん

1859-1903 明治時代の農学者。
安政6年4月28日生まれ。農商務省にはいり,明治22年ドイツの農業事情を視察。農事試験場の創設を提案,推進して,26年最初の東京場長となった。明治36年7月25日死去。45歳。摂津有馬郡(兵庫県)出身。駒場農学校(現東大)卒。

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百科事典マイペディア 「沢野淳」の意味・わかりやすい解説

沢野淳【さわのじゅん】

農学者。摂津(せっつ)三田藩の人。駒場農学校に学び,母校の助教授となった。のち農商務省技師として農事試験場の必要を主唱,1893年に東京西ヶ原に本場が置かれ,その場長に任ぜられ,全国6ヵ所に支場の設立をみた。米麦を中心とした日本農法の基礎を築いた。日本最初の農学博士。

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