河盛好蔵(読み)かわもりよしぞう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「河盛好蔵」の意味・わかりやすい解説

河盛好蔵
かわもりよしぞう
(1902―2000)

仏文学者、評論家。大阪府堺(さかい)市生まれ。京都帝国大学仏文科卒業。東京教育大学教授共立女子大学教授などを歴任。日本芸術院会員。日本ペンクラブ、フランス語フランス文学会会員。第二次世界大戦後、良識的文化評論を手がけ、文芸雑誌新潮』の編集顧問を務めた。1962年(昭和37)『フランス文壇史』で第13回読売文学賞受賞。79年ボードレールとその時代を描いた『パリ憂愁』で第6回大仏(おさらぎ)次郎賞受賞。88年文化勲章受章。1998年(平成10)『藤村のパリ』で第49回読売文学賞受賞。アンドレモーロアの『鏡の前のフェンシング』、アンドレ・ジッドの『コンゴ紀行』、アベ・プレボーの『マノン・レスコー』など仏文学の訳著も多い。

谷口 栄]

『『河盛好蔵私の随想選』全7巻(1991・新潮社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「河盛好蔵」の意味・わかりやすい解説

河盛好蔵
かわもりよしぞう

[生]1902.10.4. 堺
[没]2000.3.27. 東京
評論家,フランス文学者。第三高等学校を経て 1926年京都大学仏文科卒業。 1928~30年,フランスに渡りパリ大学,グルノーブル大学モラリスト文学を研究。帰国後立教大学,東京教育大学,共立女子大学などでフランス文学を講じ,かたわら文芸評論の筆をとった。 A.モーロアの紹介者として知られる。知性感性の調和したモラリストの目が評論活動の軸であり,読売文学賞を受けた『フランス文壇史』 (1961) をはじめ,『愛・自由・幸福』 (1950) ,『文学空談』 (1965) ,『河岸の古本屋』 (1972) ,『パリの憂愁-ボードレールとその時代』 (1978,大仏次郎賞) など多くの著書,翻訳がある。芸術院会員。 1988年文化勲章受章。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河盛好蔵」の解説

河盛好蔵 かわもり-よしぞう

1902-2000 昭和-平成時代のフランス文学者。
明治35年10月4日生まれ。フランス留学後,立大,東京教育大,共立女子大などの教授をつとめる。昭和36年「フランス文壇史」で読売文学賞,54年「パリの憂愁」で大仏(おさらぎ)次郎賞,63年文化勲章。平成10年「藤村のパリ」で読売文学賞。啓蒙的エッセイストとして人生論,女性論にも活躍。芸術院会員。平成12年3月27日死去。97歳。大阪出身。京都帝大卒。
【格言など】人間同士のつき合いは,たとえ,どんなに遠慮のない仲であっても,常に一種の演技である(「人とつき合う法」)

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百科事典マイペディア 「河盛好蔵」の意味・わかりやすい解説

河盛好蔵【かわもりよしぞう】

フランス文学者。大阪府生れ。京大卒。東京教育大教授などを歴任。《フランス文壇史》などのほか《人とつき合う法》など多数のエッセー,翻訳がある。1970年芸術院会員。1988年文化勲章。ライフワークのボードレール研究《パリの憂愁》(1978年)で大仏次郎賞。

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