文化勲章(読み)ブンカクンショウ

デジタル大辞泉 「文化勲章」の意味・読み・例文・類語

ぶんか‐くんしょう〔ブンクワクンシヤウ〕【文化勲章】

学問・芸術など文化向上発展に多大な貢献をなした人に授与される勲章昭和12年(1937)に制定たちばな勾玉まがたまを配した形で、じゅリボン)は淡紫色。受章者は原則として文化功労者の中から選考される。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「文化勲章」の意味・読み・例文・類語

ぶんか‐くんしょうブンクヮクンシャウ【文化勲章】

  1. 〘 名詞 〙 勲章の一つ。文化の創造的発展にめざましい貢献をした人に与えられる。昭和一二年(一九三七)制定。原則として毎年一回文化の日に授与される。勲章は橘に勾玉を配した形で、綬(じゅ)は淡紫色。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ) 「文化勲章」の意味・わかりやすい解説

文化勲章
ぶんかくんしょう

国の栄典の一つ。科学上の発明・発見、学術的研究、文芸、彫刻、建築、音楽などの分野で、その創造的発展にとくに功績のあった者に授与される勲章。等級差別のない単一級の勲章で、1937年(昭和12)2月11日の文化勲章令により定められた。当時は、科学、芸術などの分野において、海外の模倣と追随の域を出ないという情勢にあったため、独創的な文化の創造と育成を図ることとなり、その奨励策として文化勲章が創設された。それまでは芸術などの功績に対して叙勲が行われたことはほとんどなかった。受章候補者の選考は、文部科学大臣が、文化功労者年金法(昭和26年法津第125号)により文化功労者に決定された者のなかから、文化功労者選考分科会(文化庁文化審議会)の委員全員の意見を聴いて行い、内閣総理大臣に推薦することとなっている。文化勲章の授与は、1937年より実施され、1949年(昭和24)以降は原則として毎年1回、11月3日の文化の日に行われている。着用する場合の服装は、男子は紋付羽織袴(はかま)、フロックコートまたはモーニングコート、女子は白襟紋付とされている(これらに相当する服装も含む)。この勲章は、とくに和服にも似合うようにつくられ、中綬(ちゅうじゅ)で胸部中央に着用する。製式は、橘(たちばな)の花弁を模様化した章(メダル)の中央に勾玉(まがたま)を配し、鈕(ちゅう)(つまみ)に、橘の葉と実を配してある。

 なお、人類最初の月着陸に成功(1969年7月)したアメリカの宇宙船アポロ11号の乗組員N・A・アームストロング船長以下3人に、外国人として初めて文化勲章が授与(1969年10月31日発令)された。

[内閣府賞勲局 2019年11月20日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「文化勲章」の意味・わかりやすい解説

文化勲章【ぶんかくんしょう】

科学・芸術など文化の発達に偉大な功績のあった者に授ける勲章。金橘(きんきつ)花の章に淡紫色の綬をつける。1937年制定。現在は原則として文化功労者を対象として選考される。
→関連項目芦原義信伊藤清上村松篁小野清一郎桂米朝斎藤真末永雅雄花房秀三郎文化の日村上三島森亘淀井敏夫和達清夫

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

勲章・褒章がわかる事典 「文化勲章」の解説

ぶんかくんしょう【文化勲章】

栄典の一つで、科学・芸術分野で文化の発展に顕著な功績があった人に授与する勲章。1937年(昭和12)2月11日の紀元節(現在は建国記念の日)に発せられた勅令「文化勲章令」により制定された。初めから他の勲章のような等級がない単一級の勲章で、意匠(いしょう)は橘(たちばな)の花びらをかたどった清楚なものである。当時の日本は軍事大国ではあったが、科学や芸術分野では欧米先進国に遅れ、模倣の域を出ていなかった。そこで、独創的な文化の育成をはかる奨励策の一つとして創設された。当初は不定期に発令されていたが、1949年の第8回以降は、毎年1回11月3日(文化の日:1948年の祝日法で制定)に定まった。第二次世界大戦後から1964年までは生存者叙勲が停止されたが、この文化勲章だけは継続した。日本国憲法は栄典の授与による一切の特権を認めておらず、文化勲章も例外ではない。ただし、1951年に文化功労者年金法が制定され、文化勲章受章者をすべて文化功労者でもあるように運用することで、終身年金が支給されることになった。1979年以降は、前年度までの文化功労者のなかから受章者を選ぶようになっている。受章者の予定数は毎年おおむね5名となっていて、文部科学大臣が内閣総理大臣に推薦し、閣議で決定する。授与式は、長い間、宮中で天皇臨席のもとに内閣総理大臣が勲記と勲章を手交していた(伝達式)が、1997年(平成9)からは、勲章は皇居宮殿松の間で天皇から直接手渡される(親授式)ようになった。なお、1969年10月に、人類初の月面着陸をはたしたアメリカのアームストロングらアポロ11号の宇宙飛行士3名が来日、政府は彼らに文化勲章を授与、これが文化勲章では初の外国人受章者となった。

出典 講談社勲章・褒章がわかる事典について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「文化勲章」の意味・わかりやすい解説

文化勲章 (ぶんかくんしょう)

科学や芸術など文化の発達に貢献した者に授与される勲章。1937年2月11日の文化勲章令(勅令)によって制定された。他の勲章のような等級はなく,称号とも結びつかず,年金もともなわない。しかし51年に文化功労者年金法ができてからは,文化勲章受章者は同時に文化功労者として文化功労年金を受けるのが例になっている。勲章は橘(たちばな)の花をかたどった清楚な様式である。受章者の選定は法令による規定はないが,文部省が委嘱した選考委員会が選んで閣議で決定している。1949年度からは,年1回文化の日(11月3日)に授与が行われている。84年までに44回の授与が行われ,受章者の合計は221人に達している。

 日本の勲章は,国家に功績のあった軍人や政治家,官僚を顕彰するのが中心で,科学や芸術を軽視していたので,文化勲章の制定は戦争直前の日本としては異例のことであった。そのため敗戦後他の勲章の授与が中断したときも,文化勲章は継続して授与された。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

山川 日本史小辞典 改訂新版 「文化勲章」の解説

文化勲章
ぶんかくんしょう

学問・芸術などで文化の発達に顕著な功績をあげた人に与えられる勲章。1937年(昭和12)2月11日の勅令文化勲章令にもとづいて制定された。49年以降は毎年11月3日の文化の日に授与される。51年4月3日公布の文化功労者年金法に文化勲章受章者も含まれることになり,終身年金350万円が贈られる。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「文化勲章」の意味・わかりやすい解説

文化勲章
ぶんかくんしょう

他にぬきんでて文化の発達に功績の著しい者に授与される勲章 (→文化功労者 ) 。綬 (じゅ) によって胸部中央に吊下げるものとされている (文化勲章令〈昭和 12年勅令9号〉) 。毎年文化の日 (11月3日) に授与される。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

旺文社日本史事典 三訂版 「文化勲章」の解説

文化勲章
ぶんかくんしょう

科学・文芸など文化の発達にすぐれた功績をあげた者に授与される勲章
勲章が軍務・国務に関係した者に与える観念が強かったことを反省して,1937年制定。第二次世界大戦後は '46年より文部大臣の推薦,内閣の決定で,毎年11月3日の「文化の日」に授与される。

出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の文化勲章の言及

【勲章】より

…一方,1929年8月には,収賄による叙勲申請という売勲事件がおこり,9月11日,前賞勲局総裁天岡直嘉が起訴・収監されて叙勲の情実と不公平があばかれ,昭和疑獄史のクライマックスとなった。 敗戦とともに,1937年制定の文化勲章(科学,文芸,絵画,彫刻,建築,音楽,演劇など文化にめざましい貢献をした者に授与される。勲等の別がなく単一級である)を除いて,叙位叙勲は廃止された(1946年5月3日幣原喜重郎内閣閣議決定)。…

※「文化勲章」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む