日本大百科全書(ニッポニカ) 「治水伝説」の意味・わかりやすい解説
治水伝説
ちすいでんせつ
河川の氾濫(はんらん)を防ぐなど水を治めてその害を除いたことを語る伝説。農耕を生活の基盤としている所では灌漑(かんがい)用の水はなくてはならないが、その被害も大きかった。そのため水を制御することは非常にたいせつであった。中国古代において堯(ぎょう)・舜(しゅん)に仕えた禹(う)が洪水を治めて功をたて、のちに帝位を譲られ夏(か)の国を建てたとする伝説はよく知られている。日本の民間伝承にも水田を灌漑するための用水路をつくる場所を旅の女性に教えられる話や、何度築いても壊れてしまう堤防を築き上げるために人柱を埋める話が伝えられている。川の神に嫁入りしなければならなくなった娘が、瓢箪(ひょうたん)を川底に沈めたら嫁入りするといって結婚を逃れる話や、川の中流で止まってしまった渡し舟が、川の神に生贄(いけにえ)を捧(ささ)げることになり、提案者が結局生贄になる話なども、治水伝説の一種と考えられる。しかし、これらの多くは固有の地名や人名を失い、昔話として語られることが多くなっている。このほか、かつては大きな湖であった所を排水して人の住めるようにしたと伝える伝説が、東北地方の遠野(とおの)盆地、中部地方の甲府盆地、松本盆地、京都の桑田郡地方、九州の阿蘇(あそ)地方などに伝えられている。これも治水伝説であり、世界的な規模で伝えられる洪水神話と同様な性格をもったもので、この世の始まりをも語っているものである。
[倉石忠彦]