海長寺(読み)かいちようじ

日本歴史地名大系 「海長寺」の解説

海長寺
かいちようじ

[現在地名]清水市村松

有度山(うどさん)丘陵東麓、折戸(おりど)湾に沿って形成された村松(むらまつ)・宮加三(みやかみ)浜堤上、久能道に沿って連なる集落のほぼ中央に位置する。龍水山と号し、日蓮宗、本尊は釈迦如来。仁寿二年(八五二)開創の天台宗の村松山峨岳寺が前身といい、寛弘八年(一〇一一)山津波のために有度山麓にあった伽藍が崩壊、現在地に移ったと伝える。鎌倉時代に日位の布教で天台宗から日蓮宗に改めたという。日位は日蓮の高弟で、峨岳寺の慈証と法論を行い、慈証は帰伏、法号を改め日受と称し、日位を開山に請じた。このときに龍水山海上寺とし、のちに海長寺に改めたとされる(海長寺由緒)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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