映画の特殊効果撮影技術のこと。特撮(とくさつ)、あるいはSFX(エスエフエックス)と略される。トリック撮影ともいう。普通の撮影方法に対し、特殊な機材、装置および技法により、通常の撮影では得られない効果をつくる技術の総称。ハイビジョンなど電子映像機器の開発やデジタル化により、フィルム映像と電子映像を融合するための特殊効果が開発された時期を経て、1990年代後半からは、コンピュータによってつくりだされる効果がとってかわり、撮影自体の重要性は薄れた。現在では撮影後のポストプロダクション段階で加える効果総体をVFX(visual effects、ブイエフエックス)と総称する。
[高村倉太郎・出口丈人]
フィルムによる特殊効果の技法は映画の創生期にさかのぼる。ジョルジュ・メリエスやイギリスの初期の撮影者たちによって、撮影時のカメラの操作による、逆まわし、高速度撮影、微速度撮影、こま撮り、人やものが消えたように見える中抜きなどが開発された。エドウィン・S・ポーターの『大列車強盗』(1903)ではすでに、駅長室と窓外の列車の合成が試みられている。撮影中のシャッター開角度可変によるフェード・アウト(溶暗)、フェード・イン(溶明)、オーバーラップ(ディゾルブ)などもこの時期には使われている。しかし、撮影中失敗をするとやり直さなくてはならないので、後に開発されたオプチカル・プリンター(別々のフィルムに撮られた素材を一つに合成する光学機器)による撮影後の処理で行われるようになった。この他、実物を縮小したミニチュア撮影、夜のシーンを昼間に撮影して夜景の効果を出す擬似夜景撮影(ナイトエフェクト、つぶしともいう)なども長年にわたり使われた。作品としては、『ロスト・ワールド』(1925)で無声映画として集大成され、『キング・コング』(1933)に受け継がれた。日本では円谷英二(つぶらやえいじ)(特撮監督)が『ハワイ・マレー沖海戦』(1942)などで特殊技術を確立した。1948年(昭和23)には円谷研究所(現、円谷プロダクション)を設立し、『ゴジラ』(1954)などの特撮映画を製作した。
[高村倉太郎・出口丈人]
特殊効果撮影技法としては、前記のほか、以下のようなものがある。
(1)プロセス撮影 スクリーンに背景を映写し、その前にいる被写体を同時に撮影する手法。
(2)マスク・ワーク レンズ前に設けたマスクで画面の一部を覆って撮影し、後にマスクで覆った未露光部分に必要な絵や実景などを撮影して一つの画面として合成する。
(3)グラス・ワーク カメラ直前にガラス板を設置し、ガラスに必要部分の絵を描いてガラス越しの実景と同時に撮影する
(4)ミラー・ショット(シュフタン・システム) カメラの前にハーフミラーを45度の角度に置き、二つの位置の異なる被写体を同一画面に撮影する。
[高村倉太郎・出口丈人]
電子映像時代に先立ち、カラー映画の映像の性質をふまえて、新たに特撮を次の段階に押し進めたのが、キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』(1968)である。プロセス撮影は、従来スクリーン後方から映写する方式(以後リアプロジェクション方式とよばれる)だったが、この作品で前面から映写するフロント・プロジェクション方式が実質的に開発された。また、スターゲイトのシーンで使われたスリット・スキャンは、スリット越しに撮影するために開発された装置で、無限の彼方から光が生成してくるイメージを生み出した。この他、宙づり状態を生み出すワイヤーワークとカメラの組合せ、合成など、従来から使われていた手法の精細度を別次元にまで高め、集大成した。
[高村倉太郎・出口丈人]
テレビの普及に続き、ビデオテープなどの電子映像機器が開発され、映画界にも浸透するようになると、キネスコープ・レコーディング(キネレコ)によりVTR映像をフィルム映像に変換して使用する技法や、テレシネ装置によりフィルム映像をVTR映像に変換する技法が開発され、フィルムでは困難な特殊効果がVTR技術を利用して行われるようになった。従来の技法に加え、青色背景の前で運動する被写体を撮影し、それから得られるマスクを利用して、別に撮影した背景と合成するトラベリング・マット(ブルー・マット)や、特殊な機材を用いる技法として、潜望鏡の原理を応用し小さな鏡に映った被写体を反射させてカメラで撮る装置で、小さな鏡が入る空間があれば撮影可能なシュノーケル撮影などがくふうされた。
[高村倉太郎・出口丈人]
前記のような特殊効果の大部分は、デジタル技術の進歩により、コンピュータを用いた処理に移行した。コンピュータ・グラフィクス(CG)という言葉も一般的なものとなった。1975年、『スター・ウォーズ』をつくろうとしていたジョージ・ルーカスが、ロサンゼルス郊外のバン・ナイスにインダストリアル・ライト&マジック社(ILM)を開設。カメラの動きをコンピュータに記憶させ、カメラの動きを精確にコントロールできる装置であるモーション・コントロール・カメラなどの開発をした後、ILMは再編され、1979年に設立したCG部門が1986年にピクサー・アニメーション・スタジオとして独立した。そのころには、他にもこの種のスタジオが活動を始めており、実在の被写体を必要とせず、新たに像をつくりあげるコンピュータ・グラフィクスにより、新たな表現分野が広がった。その他のおもな手法は以下の通り。
(1)CGI(コンピュータ・ジェネレイテッド・イメージャリー) ミニチュアや着ぐるみなどのかわりにCGにより素材映像をつくり、他のCG映像を組み合わせる。
(2)デジタル合成 コンピュータを使って実写映像を合成する。
(3)デジタル・リムーバル 撮影時に画面内に映ってしまった不適当な部分を消し、その背景を補正する。
(4)モーフィング デジタルデータの計算により、ある物体が別の物体へと変形していく映像をつくる。
(5)マッチムーブ 画像内での物体の移動のデータを分析し、カメラが動きながらとらえたかのような映像をつくりだす。
これらの技法は、現在なお、高度化が進んで洗練されつつあり、今後の新しい技法の開発も想定できる。それとともに、3D映像やアニメーションとの境界をますますあいまいにしていくことが予想される。
[高村倉太郎・出口丈人]
『『デジタルSFXの世界――ハリウッド映像革命の現場から』(1995・日経BP出版センター)』▽『成田亨著『特撮美術』(1996・フィルムアート社)』▽『『円谷英二特撮世界』(2001・勁文社)』▽『大口孝之著『コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション』(2009・フィルムアート社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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