猿橋勝子(読み)サルハシカツコ

デジタル大辞泉の解説

さるはし‐かつこ【猿橋勝子】

[1920~2007]地球化学者。東京の生まれ。昭和18年(1943)より中央気象台(現気象庁)勤務。昭和29年(1954)の米国ビキニ沖水爆実験を機に、大気海洋の人工放射性物質研究を行い注目される。昭和55年(1980)「女性科学者に明るい未来をの会」を創設。→猿橋賞

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百科事典マイペディアの解説

猿橋勝子【さるはしかつこ】

地球化学者。東京都生れ。1943年に帝国女子理学専門学校(現,東邦大学理学部)を卒業し,中央気象台(現,気象庁)に勤務する。第2次世界大戦後には中央気象台気象研究所の地球化学研究部の部長を務め,1980年までその職にあった。同年女性初の日本学術会議会員に選出された。この間,1954年にビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験を契機に,日本は独自に放射能汚染の海洋調査を実施。恩師の三宅泰雄とともに調査を行った。しかし,アメリカはこのデータを認めず,1962年にカリフォルニア大学スクリップス研究所においての実験で雌雄を決することになり,猿橋は調査結果の正しさをアメリカに認めさせた。これは,女性が理系の学問を追究しにくかった時代において,画期的な出来事であった。1980年に〈女性科学者に明るい未来をの会〉を創設,専務理事となって発足から自身の死去までその運営にあたった。なお,同会は50歳未満の女性科学者を顕彰するため,1981年から毎年猿橋賞を贈っている。→第五福竜丸事件

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

猿橋勝子 さるはし-かつこ

1920-2007 昭和-平成時代の地球化学者。
大正9年3月22日生まれ。昭和18年中央気象台(現気象庁)研究部にはいり,34年気象研究所地球化学研究部長。大気,海洋における人工放射性物質の挙動を研究。55年「女性科学者に明るい未来をの会」をつくり,猿橋賞を創設。女性初の日本学術会議会員となった。平成19年9月29日死去。87歳。東京出身。帝国女子理専(現東邦大理学部)卒。著作に「女性として科学者として」など。

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