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田中内閣 たなかないかくTanaka Administration

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

田中内閣
たなかないかく
Tanaka Administration

田中内閣は 1972年7月7日に発足した。7年半も続いた佐藤政権の後の田中角栄の登場は,マスコミから「今太閤」としてもてはやされた。国民の高い人気を背景に,田中は内閣成立直後の 72年9月に日中共同声明に調印し,懸案の日中国交回復を実現した。国内政策では日本列島改造論を掲げて高度成長の弊害を克服し,経済の高度成長を維持しようとした。しかし,田中内閣がとった円高対策とともに,この構想は企業による土地の買い占めや,地価と物価の急騰の引き金となった。内閣は土地対策を進めたが,73年 10月に勃発した石油危機により経済は混乱の極に達した。田中内閣は総需要抑制政策へと大きく政策転換する。政局に目を転じると,72年末の選挙では共産党が大躍進を見せた。田中首相は小選挙区制の導入により自民党の党勢回復を企図したが,党内外の反対に阻まれた。さらに 74年6月の参議院議員選挙を契機に田中の「金権選挙」に対する批判が高まりを見せ,その中で田中首相の疑惑の「金脈と人脈」が『文藝春秋』で暴露され,これを引き金に,田中首相は同年 11年 26日,退陣に追い込まれた。

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