甲冑堂(読み)かつちゆうどう

日本歴史地名大系 「甲冑堂」の解説

甲冑堂
かつちゆうどう

田村神社境内にある八角形の小堂。甲冑堂をはじめ古四王堂・古将堂・田村堂・御影堂・越王堂・小塩堂などいろいろによばれ記された。甲冑姿の二体の女性の木像があるので甲冑堂と通称されてきた。「神社略記」は文亀年間(一五〇一―〇四)佐藤信治創建と伝える。二女神については、伊達だて飯坂いいざか(現福島県福島市)の佐藤庄司の子で源義経の家臣となって討死した佐藤継信・忠信の妻の像といい、二人の妻が甲冑を帯びて男装し老母を慰めた故事を伝える(観蹟聞老志・封内名蹟志)。これには異説があり、斎川古路旧蹟写(大義寺蔵)には、もとは坂上田村麻呂と彼が信仰した鈴鹿明神の像であったとあり、「嚢塵埃捨録」には後三年の役に従軍した加藤次郎義綱・新羅三郎義光の像であったとしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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