悲劇の英雄であったこともあって、源義経の伝説は多くの武将のなかでもっとも多い。『義経記(ぎけいき)』をはじめとして『御伽草子(おとぎぞうし)』や幸若(こうわか)舞曲、謡曲、歌舞伎(かぶき)などの芸能から、近世に入っての赤本、青本、黒本、黄表紙、合巻(ごうかん)に至るまで、多くの題材を提供し、日本人一般に判官贔屓(ほうがんびいき)の語を定着させたほど、その生涯の悲運は多くの伝説をつくりあげた。むしろ義経においては、その歴史的事実がどこまでかわからぬほどに伝説に包まれた人物となっている。実在の義経では、『平家物語』などでも風采(ふうさい)はあがらず、母の素姓(すじょう)も卑しく、所領もなく、ただ平家討滅に功あって英雄となった人物である。その終末が兄源頼朝(よりとも)に追放され哀れな最期を遂げたことから、これを惜しむ庶民の心が多くの伝説を生ましめたのである。その幼少時に鞍馬(くらま)寺修行時代の義経を歴史の舞台に引き出したのは、鎌田(かまた)正清の子の四条の聖(ひじり)、少進坊(しょうしんぼう)であり(義経記)、四条の金蓮寺(こんれんじ)が時衆道場であったことから、義経伝承に時衆教団が関与していたことが示唆される。少進坊によって源氏再興を志し、『義経記』では鬼一法眼(きいちほうげん)の兵書をその娘を通じて盗み取ることなどは、後の平家追討の際のひよどり越えの逆落としや八艘(はっそう)飛びの敏捷(びんしょう)な戦略や行動に照応している。義経伝説は、兄頼朝の不信を買って逃れる身となってからにその中心があり、とくに彼に従った弁慶の活躍は目覚ましい。謡曲『船(ふな)弁慶』にみる四国での嵐(あらし)の遭遇、謡曲『安宅(あたか)』、舞曲『富樫(とがし)』にみる北国落ちまでの関守に見とがめられたおりの機転など、弁慶の活躍は熊野修験者(しゅげんじゃ)の語りを考えざるをえない。さらに、平泉(ひらいずみ)で生涯を閉じたことになっているが、伝説では、ここを脱出して、大天狗(てんぐ)の救いで播磨(はりま)国野口に逃れたり、剃髪(ていはつ)して教信上人(しょうにん)となったとする説もある。蝦夷(えぞ)に逃れた伝承は、『御曹子(おんぞうし)島渡り』などからアイヌのユーカラとしても行われている。さらに発展して、韃靼(だったん)に入り、清祖(しんそ)になったり成吉思汗(ジンギスカン)になったとする伝説を生んでいる。
[渡邊昭五]
『島津久基著『義経伝説と文学』(1977・大学堂)』▽『関幸彦著『源義経 伝説に生きる英雄』(1990・清水書院)』▽『佐々木勝三・大町北造・横田正二著『義経伝説の謎――成吉思汗は源義経か』(1991・勁文社)』▽『『義経伝説をゆく――京から奥州へ』(2004・河北新報出版センター)』▽『鈴木健一編『義経伝説――判官びいき集大成』(2004・小学館)』▽『高橋富雄著『義経伝説 歴史の虚実』(中公新書)』
…古くは鬼一は〈おにいち〉とも読まれた。義経伝説に登場する陰陽師(おんみようじ)で,六韜(りくとう)兵法を伝受していたとされる。義経はその娘の手引きでこの兵法をひそかに写しとる。…
…義経伝説に登場する盗賊。牛若丸が金売吉次に伴われて奥州の藤原秀衡のもとへ下る途中,吉次の荷物をねらう長範一行に襲われたが,牛若丸の活躍によって長範は討ちとられたという。…
※「義経伝説」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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