…漢代には明聖湖や銭塘湖という名で知られていたが,唐代になり杭州が南方開発の中心として栄えるようになって注目された。封入されてからも,周囲の山地からの河川が運ぶ泥土で,湖水は縮小,沼沢化がすすんでいたが,安定した灌漑用水,都市の生活用水の確保,漕運の便宜,あるいは美しい景観を保持するために修築が加えられ,中でも唐の白居易(楽天)の築いた白堤,宋の蘇軾(そしよく)(東坡)の築いた蘇堤は有名。湖中湖岸の名勝は数多いが,西湖十景と呼ばれるのは,三潭印月,蘇堤春暁,平湖秋月,双峰挿雲,柳浪聞鶯,花港観魚,曲院風荷,断橋残雪,南屛晩鐘,雷峰夕照である。…
…その後,忠州(四川省)の刺史を経て中央に復帰し,821年(長慶1)には中書舎人となった。翌年杭州(浙江省)の刺史に転出すると,西湖に堤防を築いて灌漑事業を興した(白堤という)。ほどなく中央へもどり,刑部侍郎に至り,829年(太和3)病気を理由にいったん辞職し,次いで太子賓客として洛陽の勤務となった。…
※「白堤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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