白屋村
しろやむら
[現在地名]三方町白屋
倉見村の西に位置。山を隔てて白屋・下白屋に分れ、小名に泉谷・脇山がある。中世は倉見庄に属し、永仁三年(一二九五)一二月二日付倉見庄実検田目録案(大音家文書)に「国守一丁三百二歩」とみえ、所当米は四石三斗余である。また別に「円仏并国重一丁三反七十二歩」(所当米二石八斗余)がみえ、翌年二月日付倉見庄実検田目録(同文書)に「白屋若王子一反」も記される。
白屋村
しろやむら
[現在地名]舞鶴市字白屋・白屋町
朝来谷のほぼ中央の勝地を占め、朝来谷から志楽谷への入口に位置する。
中世志楽庄朝来村の地。慶長検地郷村帳に高二五二・三一石「白屋村」とみえ、「白屋村之内長内」の付記がある。土目録によれば総高二〇一石余、うち田方一八九石余、畑方一二石余。
白屋村
しらやむら
[現在地名]川上村大字白屋
吉野川右岸、人知村の対岸に位置する。川上郷のうち。慶長郷帳では村高一一二・五三二石、幕府領(代官楢村監物)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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