最新 地学事典 「眉山崩壊」の解説
まゆやまほうかい
眉山崩壊
Mayuyama collapse
雲仙火山の寛政4年噴火の末期(1792年5月21日),東麓(山頂から約5km;島原)にある眉山溶岩円頂丘で発生した山体崩壊。眉山崩れ,島原大変とも。この噴火では山腹からの新焼溶岩流出に続いて群発地震が発生,震源が東方浅所に移動した。直下地震(M6.4)により,眉山溶岩円頂丘は東半が崩壊し,発生した約0.5km3の岩屑なだれは有明海に突入,津波を発生させ,島原で約10,000人,対岸の熊本側(肥後)で約5,000人,計約15,000人という多数の死者を出した。「島原大変肥後迷惑」の語源である。岩屑なだれは給源から6kmまで達して,陸上から浅海底にかけて大小多数の流れ山をつくった。現在眉山東麓から島原港沖にみられる起伏に富んだ多数の丘や島々はこれである。特に大規模ではないが,日本の山体崩壊の近過去の代表例。
執筆者:宇井 忠英・古谷 尊彦
出典 平凡社「最新 地学事典」最新 地学事典について 情報

