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矢吹慶輝 やぶき けいき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

矢吹慶輝 やぶき-けいき

1879-1939 大正-昭和時代前期の宗教学者,社会事業家。
明治12年2月13日生まれ。宗教大(現大正大)教授となり,欧米に留学。敦煌(とんこう)出土の仏典を研究,大正14年「三階教之研究」で学士院恩賜賞。勤労児童のための三輪(みのわ)学院を創設し,東京市社会局長をつとめた。昭和14年6月10日死去。61歳。福島県出身。東京帝大卒。旧姓は佐藤。号は隈渓。

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世界大百科事典内の矢吹慶輝の言及

【三階教】より

… 三階教は信行が住持となった長安南郊の真寂寺(しんじやくじ)(唐代には化度寺(けどじ)と改む)を中心に,唐代中期まで北中国で栄えたが,一つには無尽蔵行によって寄進された財物が化度寺の無尽蔵院や各地の三階教寺院の功徳所(くどくじよ)に集められ,その資本運用にからんで僧団の腐敗が進行したこと,二つには信行に始まる激しい他宗派批判によって仏教界全体から異端視され,政府からも5度におよぶ弾圧を受けたことによって,8世紀中ごろから勢力を失い,地蔵信仰などと習合しながら民間に溶けこんでいった。その姿の復元と解明は,今世紀に入って発見された敦煌文書などから矢吹慶輝によって完遂されたものである。【川勝 義雄】。…

【敦煌学】より

…これら書名にみられるように,当時の学者たちの関心の的は古佚書の写本に置かれていた。仏典はおもに日本の学者が研究したが,やはり《大蔵経》に収めない蔵外仏典を探し出すことに重点が置かれ,矢吹慶輝《三階教之研究》(1925),同《鳴沙余韻》(1930)などの大著が世に出された。30年代になると,ようやく古文書も研究されるようになり,ことに那波利貞の寺院文書を用いた諸論文,仁井田陞《唐宋法律文書の研究》(1937)などは,これまで典籍資料のみに頼っていた中国史研究に大きく貢献した。…

※「矢吹慶輝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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