石清尾八幡神社(読み)いわせおはちまんじんじや

日本歴史地名大系 「石清尾八幡神社」の解説

石清尾八幡神社
いわせおはちまんじんじや

[現在地名]高松市宮脇町一丁目

石清尾山の東麓に鎮座。祭神は仲哀天皇・応神天皇・神功皇后。旧県社。延喜一八年(九一八)に山城石清水(いわしみず)八幡宮の分霊を勧請し、野原(のはら)庄亀尾山の山頂に創祀、石清尾八幡宮と称したという(金毘羅参詣名所図会)。貞治二年(一三六三)に細川頼之は伊予の河野氏征討の途次当社に戦勝を祈願、河野氏平定の帰路立願成就の礼に立寄り、四月三日に臨時の祭を行った。この祭はのち細川頼之にちなんで俗に右馬頭祭といわれた。頼之は社殿を修造して神領を寄付し、笠居(かさい)郷佐料(さりよう)の香西佐邦(のち友安氏を称する)を祠官に定めたという(讃岐国名勝図会)。応安四年(一三七一)八月の細川頼之の禁制が残っており(石清尾八幡宮文書)、また頼之の寄付とされる甲冑や征矢を伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報