磁気浮上式鉄道(読み)じきふじょうしきてつどう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「磁気浮上式鉄道」の意味・わかりやすい解説

磁気浮上式鉄道
じきふじょうしきてつどう

磁力で支持・案内されて、定められた走行路を接触することなく走行する乗り物。非接触のため騒音・振動の軽減が期待でき、また車輪走行では達せられない高速走行が可能になる。

[佐々木拓二]

磁気浮上の原理

鉄などの磁性体と磁石の間や、磁石の正極(N極)と負極(S極)の間には吸引力が働き、同じ極の間では反発力が作用する。磁気浮上(Magnetic Levitation。マグレブMaglevと略す)の原理は、この磁石の性質を利用して車両を浮上させ、リニアモーター等の推進力で車両を走行させる。

 浮上力の発生メカニズムによって原理的にEMS(Electro Magnetic Suspension)方式とEDS(Electro Dynamic Suspension)方式とに区分される。また構成する磁石によって前者は常電導磁気浮上と、後者は超電導磁気浮上とよばれる。

 常電導磁気浮上(EMS)方式は、鉄などの磁性体の軌道と、車両側の磁力の強さを制御できる電磁石とで構成される。電磁石と鉄軌道のすきまを検知して、すきまが少なくなると磁力を弱めて吸引力を小さくし、大きくなると磁力を強くして吸引力を増すことによって浮上高さを一定に保つ。

 超電導磁気浮上(EDS)方式は、車両に組み込まれた強力な超電導磁石と、軌道の側壁に連続的に配置した8の字構成の浮上コイルとで構成される。浮上コイルの近傍を強力な磁石が移動すると、その磁石の上下の位置に応じて上部コイルと下部コイルに誘起する電圧差により電磁誘導の原理によってコイルに電流がおこる。このコイルに流れる電流と超電導磁石との反発力と吸引力とで磁石を左右から引き上げることにより浮上するのが側壁浮上方式である。原理的にはヌル・フラックス浮上方式が本来の名称である。宮崎実験線では建設当初は超電導磁気浮上を反発式磁気浮上と表現し、常電導磁気浮上の吸引式磁気浮上と対比させていたが、山梨実験線で側壁浮上方式が採用されることになり、この場合は反発力だけでなく吸引力も併せて浮上に寄与することになるため、反発式の用語は適さなくなった。このため宮崎実験線での磁気浮上方式の名称は、浮上コイルの位置(側壁ではなく軌道下面)に対応して、対向浮上方式とよばれるようになり、新たな側壁浮上方式と区別されることになった。

 常電導磁気浮上(EMS)方式は、すきま(浮上高さ)が1センチメートル以下と小さく、精度の高いすきま検知と瞬時に反応する制御システムがなければ浮上高さを一定に保つことができない。しかし速度にかかわらず浮上できる長所があり、停止状態でも浮上できる。

 超電導磁気浮上(EDS)方式は、磁石の位置が下がれば自動的に浮上力が増すため本質安定系で、磁力の制御は不要である。浮上高さ(実空隙)も10センチメートル程度確保できる。しかし強力な磁石が必要なため、超電導の原理による超電導磁石を使用することとなる。この方式は停止中および低速での走行中は浮上できないため、補助的な支持・案内装置を必要とする。

[佐々木拓二]

研究と実用化

磁気浮上式鉄道は、各国で研究・開発が行われてきた。

(1)常電導磁気浮上式鉄道 旧西ドイツは、1969年に試験車両TR01を製作して実験を開始し、1979年ハンブルクの国際交通博覧会にTR05を出展、デモンストレーション走行を行った。TR05は2両編成で長さ26メートル、自重30トン、最高時速75キロメートルで、68人乗り、推進は地上1次(地上の軌道に電力を供給して制御)リニアシンクロナスモーター(リニア同期モーター)方式による。博覧会に先立つ1978年には、高速での実用化を目ざして実験線をエムスランド地方のラーテンに建設することを決定しており、1983年から実験車TR06を使っての走行実験が開始され、1988年には時速412.6キロメートルの有人世界記録を達成した。さらに、1989年12月には実験車TR07で時速436キロメートルの速度記録を更新した。1990年のドイツ統一後も開発は続けられ、ドイツの常電導磁気浮上式超高速鉄道トランスラピッドTransrapidは、2005年開業の予定で、営業速度450~500キロメートルでハンブルク―ベルリン間を結ぶ実用線を目ざしたが、コストの面で折り合わず2000年2月にこの計画は中止された。しかし、2001年1月上海(シャンハイ)市内―浦東(プートン)国際空港間約30キロメートルを最高時速430キロメートルで結ぶトランスラピッド実用線の建設を中国との間で調印、同年3月起工された。同線は2002年12月に試運転を開始、2004年から営業運転を行っている。一方ドイツ国内においては、ミュンヘン空港へのアクセスとして採用が検討されたものの、最終的には建設費が高いことから採用は見送られた。その後、2006年9月にエムスランド実験線で大きな事故を起こし、ドイツ国内での実用化は断念せざるをえない状況になった。

 イギリスでは、バーミンガム空港で、軌道長600メートルの常電導磁気浮上方式の輸送システムが1984年から実運用に入り、小規模・低速ながら世界初の磁気浮上の実用化システムとなった。しかし、1995年の設備更新の際に、この磁気浮上方式は廃止された。

 日本では日本航空が中心となって、常電導磁気浮上方式の開発を進めてきた。実験車はHSST(High Speed Surface Transport)とよばれ、1985年(昭和60)筑波研究学園都市(つくばけんきゅうがくえんとし)で開催された国際科学技術博覧会では、HSST-03が走行した。長さ13.8メートル、高さ3.0メートル、自重約12トンで、推進は車上1次(車両に電力を供給して制御)リニアインダクションモーターリニア誘導モーター)であった。しかし、採算性などから実用化は進まず、日本航空はHSST事業から撤退した。その後、中部エイチ・エス・エス・ティ開発(名古屋鉄道、愛知県などが出資、1989年設立)が中速の中規模輸送機関としてHSSTの開発を進め、1991年(平成3)より名古屋の大江実験線で走行実験を開始した。実験に使われた車両はHSST-100SとHSST-100Lである。そして2005年(平成17)3月、HSST-100Lを基本とした車両により、愛知高速交通の東部丘陵線(名古屋市名東区藤が丘―豊田市八草町間8.9キロメートル)で、常電導磁気浮上方式での営業運転が開始された(愛称「リニモLinimo」)。8ミリメートル浮上し、最高時速100キロメートルで走行する。なお、この東部丘陵線は、2005年日本国際博覧会(愛知万博)においても、会場までの輸送機関として活躍した。

(2)超電導磁気浮上式鉄道 超電導マグレブMAGLEV(Superconducting Magnetically Levitated Vehicle)ともいう。日本で一般にリニアモーターカーというと、この方式をさすことが多い。各国で研究されたが、実規模の設備で実験を行ったのは日本と西ドイツだけである。西ドイツでは、1970年代にエルランゲンに建設された円形実験線で実験が行われたが、1979年に打ち切られ、その後の開発は常電導磁気浮上式に絞られた。

 日本では、日本国有鉄道を中心として開発が進められてきた。1972年日本の鉄道開業100年記念の一環として製作されたML100は、超電導磁気浮上とリニアインダクションモーター推進により、東京・国分寺市の鉄道技術研究所内の長さ480メートルの実験線で浮上走行に成功した。その後、1974年に全長7キロメートルの浮上式鉄道宮崎実験線が着工、1977年7月に1.3キロメートルの区間が完成し、ML-500の走行実験が開始された。高速走行実験は、全線7キロメートルが完成した1979年から行われ、12月には無人走行で最高時速517キロメートルを記録した。ついで、より実用に近い軌道構造への改造が行われ、1980年新しい実験車MLU001での実験に入った。3両編成、全長約29メートル、重量約30トン、客席32のMLU001は1982年から有人走行実験を行い、1987年には有人走行で時速400.8キロメートルを達成した。

 1987年4月の国鉄の分割・民営化に伴い、開発は前年に発足した財団法人鉄道総合技術研究所に引き継がれ、以降、JR東海と鉄道総合技術研究所が中心となって開発が進められた。1990年からは、運輸大臣(現、国土交通大臣)の承認を得た国家プロジェクトとして推進され、同年山梨実験線が着工された。1997年に先行区間18.4キロメートルが完成して実験走行が開始され、12月にMLX01による無人走行で時速550キロメートルを記録し、1999年には有人走行による世界最高記録、時速552キロメートルを達成した。また、2003年12月には有人走行で時速581キロメートルと、世界最高記録を更新した。これら基本走行実験のほかに、総合機能確認試験、信頼性・長期耐久性確認試験などを進めるなかで、コスト低減や車両の空力特性の改善などの技術開発を進め、2005年3月には国土交通省の超電導磁気浮上式鉄道実用技術評価委員会から「超電導磁気浮上式鉄道について実用化の基礎技術が確立した」との評価を受けるに至った。

 2011年9月で山梨実験線での実験は中断し、先行区間の設備を実用化仕様に更新するとともに山梨実験線を当初計画の42.8キロメートルに延伸する工事が行われた。2013年8月からは、営業線仕様の新型車両L0(エルゼロ)系での走行試験が再開された。JR東海としては、東海道新幹線のバイパス路線としての中央新幹線を磁気浮上方式で建設することで、必要な手続きを進めており、山梨実験線もその路線の一部として計画されている。

[佐々木拓二]

『ラルフ・R・ロスバーグ著、須田忠治訳『磁気浮上式鉄道の時代が来る?』(1990・電気車研究会)』『澤田一夫・三好清明著『翔べ!リニアモーターカー』(1991・読売新聞社)』『正田英介他編『磁気浮上式鉄道の技術』(1992・オーム社)』『電気学会磁気浮上応用技術調査専門委員会編『磁気浮上と磁気軸受』(1993・コロナ社)』『鉄道総合技術研究所編『ここまで来た!超電導リニアモーターカー』(2006・交通新聞社)』『鉄道の百科事典編集委員会編『鉄道の百科事典』(2012・丸善)』『佐々木拓二著「実験車両時代の思い出」(『鉄道車両と技術』通巻第189号~190号所収・2012・レールアンドテック出版)』『佐々木拓二著「磁気抗力と極ピッチ」(『鉄道車両と技術』通巻第191号~192号所収・2012・レールアンドテック出版)』

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改訂新版 世界大百科事典 「磁気浮上式鉄道」の意味・わかりやすい解説

磁気浮上式鉄道 (じきふじょうしきてつどう)

普通形式の鉄道が金属のレールの上を金属の車輪が転送するのに対し,磁気浮上式鉄道は,磁力による反発ないしは吸引力を利用して軌道から浮いた状態で走行する鉄道である。浮上式鉄道としては,磁力以外に空気の圧力を用いる空気浮上方式もあるが,実際,フランスでアエロトランの名で実験が行われたことがある。大きな浮上力を発揮でき,また騒音の発生のないことから,磁気浮上方式が開発の中心となっている。

 一方,推進方法については,浮上式を採用するとなると車輪とレールの間のすべり摩擦が働かず,したがってそれによる車両の推進は不可能である。このため,プロペラの回転による方式,ジェット推進による方式およびロケット推進による方式なども,一時は実物実験まで行って研究が進められたが,現在,主力的に開発が進められているのはリニアモーターを用いる方式(いわゆるリニアモーターカー)である。現在,日本,ドイツなどで開発が進められている浮上式鉄道は,いずれも推進にリニアモーターを用いた磁気浮上方式である。

普通形式の鉄道がそれ自体の技術も進み広く普及しているにもかかわらず,なお,磁気浮上式鉄道の開発が進められている理由の一つは高速走行への要望である。すなわち,普通形式の鉄道は最高速度として実用上発揮しているのは260km/h程度であり,今後の改良によりさらに高速化されるとしても,その上限は300km/h前後といわれている。その辺に限界が存在するのは,脱線,転覆などの走行安定性,架線から集電する集電装置の強度,騒音,振動の増大などに問題点が多いことに由来する。

 磁気浮上式鉄道が期待されているのは,これらの問題点の解決可能性が大きいためである。すなわち走行安定性については,左右に対しては,磁力によっても,また必要な強度をもった障壁構造によっても誘導および逸脱の阻止ができるので,脱線の心配はない。また,過度な浮上に対しても同様な手段によって阻止できるので転覆の心配もない。集電装置については,超高速走行の場合に確実に地上から集電する技術は現在開発されてはいないが,超伝導方式を採用すれば地上の大電流を走行時に車上に集電する必要はない。騒音や振動については,車輪とレールの間の接触がなく,またリニアモーター推進を用いれば高速回転する機器がないため,空気の中を高速通過するときの摩擦音のみを考慮すればよいことになる。これらの理由から磁気浮上式鉄道は,ふつうの鉄道を超えた超高速走行を実現する際の条件を備えた鉄道の形式ということになる。

 開発が進められているもう一つの理由は,低公害鉄道を実現するためである。これは浮上式鉄道によって運行の際の騒音,振動を小さくすることを目的としており,この場合は必ずしも高速である必要はない。

磁力の使用法によって大別して2種類あげることができる。一つは吸引式であり,一つは反発式である。吸引式は図1-aにおいて軌道側の鉄板ないしコイルと車両側の磁石とが吸引し合うことによって浮上するものである。一般には車両側の磁石を電磁石とし,電流を調節することによって浮上の度合を調整するようにする。日本で開発されているHSST(high speed surface transportの略)や,ドイツのトランスラピットなどがこの方式に属している。

 反発式は図1-bにおいて軌道側磁石と車両側磁石の両極に生ずる反発力を利用して浮上するものである。この場合,地上側を電磁石として電流を流し,車上電磁石との間に反発を起こさせるのを通電反発方式と呼ぶ。一方,地上の電磁石を短絡コイルとし,車上電磁石の磁束が移動しながら地上コイルを横切るとき,電磁誘導で誘起される電流により地上コイルに生ずる磁場を利用して反発力を得るものを誘導反発式という。誘導反発式の場合,車上の磁石に超伝導磁石を用いるものを超伝導磁気反発浮上方式と呼ぶ。超伝導磁石とは,金属を絶対0度近くにすると電気抵抗が0となる性質,いわゆる超伝導現象を利用し,コイルに大電流を封じ込んだものである。吸引式,反発式をとわず,一般には走行する車上に大電流を外部から導入しなくてはならないのに対し,超伝導方式では高速走行時にはその必要がないという特徴がある。日本の国鉄が開発したMLU001やJR総研が開発中のマグレブはこの方式を採用している(超伝導方式に対して,そうでないものを常伝導方式という)。

 浮上方式の選択は磁気浮上式鉄道の開発に大きく影響するが,まだ最終的な段階には到達しておらず,上述した方式以外に,鉄板を積層板としたり単にコイルだけでなく電流を通じさせたりする方法なども考えられている。

浮上式鉄道では車輪とレールの間の摩擦を推進に用いることは考えられない。それ以外の方式としてはプロペラ推進,ジェット推進,ロケット推進がまず考えられる。いずれも航空機と同様である。これらは理論上は推進手段として存在しうるが,実験結果にも見られているように,騒音などの点で大きな難点がある。こうなると,推進力として利用が考えられるのがリニアモーターである。

 リニアモーターはふつうの回転型モーターの原理と同じで,電磁力により運動を起こすものである。すなわち,回転する形式のモーターは回転子と固定子をもっているが,リニアモーターは回転子を1直線上にのばしたものとみればよい。両者が走行速度にあった速度で電流を逐次移動させることにより回転子に当たる部分はその上を線上に移動する。

 リニアモーターは原理的に3種類に分けられるが,磁気浮上式鉄道に用いられているものはリニアインダクションモーター(LIM。誘導型),リニアシンクロナスモーター(LSM。同期型)である。LIMによる推進方式の場合は,モーターの一次側を車上におくか地上におくかの二通りがあるが,いずれも推進力は,一次側に三相交流を流し,生じた進行磁束で二次側のリアクションプレートに渦電流を発生させ,この渦電流と一次コイルの磁束とが鎖交することによって発生する。HSSTがこの方式である。一方,LSMは車上の磁石の作る磁場の移動速度に同期させて地上コイルの磁場を反転させることで推進力を得る方式である(図2)。MLU001は車上の磁石に超伝導磁石を用いたLSMによっている。

 このように推進方式としてはリニアモーターを用いるが,もう一つ側方誘導の手段をもたねばならない。これは,いずれの場合でも浮上と同じように電磁力の吸引ないしは反発の性質を利用する。すなわち,浮上,推進,側方誘導のいずれもが電磁石の性質を利用することになるので,設計方式を定める場合はこれらの関連を考えて,うまく組み合わせることによりむだを排し効率を上げるくふうがされている。

浮上式鉄道としての開発は数ヵ所で行われているが,磁気浮上に限定すると日本と西ドイツで実験が進んでいる。日本では国鉄のML500が,1979年に最高517km/hを出しており,さらにMLU001による有人実験にも成功している。ドイツでは常伝導方式をかねてより開発しており試験線試運転にも成功し,目下のところ大規模な試験線による実験を計画している。このようにリニアモーターを利用した磁気浮上式鉄道の開発は進んでいるが,強力な磁気の人体や乗客の持物への影響,周囲の鉄などから車上の磁石が受ける影響,高速時に受ける大きな風圧など,まだまだ未解決の問題は多い。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の磁気浮上式鉄道の言及

【超高速鉄道】より

…在来形式,浮上式の両者ともまだ実現性の確固たる目途はたてられていないが,遠からず技術的,経済的,社会的な適応性がはっきりしてくるだろう。磁気浮上式鉄道【八十島 義之助】。…

※「磁気浮上式鉄道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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