翻訳|magnetism
磁石は鉄,コバルト,ニッケルなどのいわゆる強磁性体を引きつけるが,このような現象の根源となるものを磁気という。また広くはこれらの現象そのものをいう場合も多く,磁石に近づいた強磁性体も一時的に磁石になるから,これは磁石と磁石とが力を及ぼし合う現象であるということもできる。
このような磁石がものを引きつける現象は,昔,地中海のクレタ島で羊飼がつえの先につけた鉄片を引きつける岩石を見いだしたのが最初といわれている。この石は当時マケドニアのマグネシア地方や,小アジアのイオニア地方にあるマグネシア市に多く産したので,これらの地名からmagnetismなどのことばが生まれたともいわれている。一方,中国でも古くから磁石が南北の方向を指す性質を利用して航海などに使っていたという。このように空間を隔てて,磁石どうしが引き合う現象は,昔の人々にはまことにふしぎな現象と思われたらしく,これに関してさまざまな迷信が生まれた。例えば,磁石はそのそばにダイヤモンドやニンニクを置くと,その魔力を失うというたぐいのものである。
このような迷信を一つ一つ実験によって反証し,磁気現象を自然科学の対象にしたのはW.ギルバートである。彼はその研究の成果を《磁石論》(1600)という本にまとめた。その中で彼は,同じような引き合う現象でも磁気と電気によるものでは異なることを明らかにし,また地磁気の伏角が,磁化した球状天然磁石のまわりにおいた磁針の向きで説明されることを示した。この本は同時代のG.ガリレイが絶賛したという。つまり,磁気の科学的研究は力学の研究と同時代に始まったということができる。
その後,磁気の研究は多くの科学者によって研究された。磁極と磁極との間に働く力を定量的に測定し,その大きさが距離の2乗に反比例することを決定づけたのはC.クーロンである(クーロンの法則)。磁場が電流によっても生ずることを発見したのはH.C.エルステッドで,これを定量的に法則化したのはA.M.アンペールである。また反対に,コイルの中をよぎる磁束の時間的変化によってコイル内に起電力が生ずるという電磁誘導の法則がM.ファラデーによって発見され,このようにして電気と磁気の間に密接な関係のあることが明らかにされていった。ファラデーはまた電磁石を用い,いわゆる強磁性を示す鉄,コバルト,ニッケル以外の物質も多かれ少なかれ磁気的であり,これらは反磁性と常磁性とに分類できることを示した。すなわち反磁性は磁石を近づけると反発される物質であり,常磁性は磁石に引きよせられる物質である。そして1895年にP.キュリーは前者の磁化率はほとんど温度に対して不変であるのに対して,後者の磁化率は絶対温度に反比例して,低温になるほど増大することを発見し,1905年この常磁性磁化率の温度変化は,P.ランジュバンによって分子磁気モーメントが熱振動するという考えで理論的に導かれた。そして,07年P.ワイスは強磁性体では分子磁気モーメントは周囲の分子から強力な分子磁場を受けて互いに平行に配列し,いわゆる自発磁化を形成することを理論的に示した。強磁性体が強い磁気を示すのは,このような自発磁化をもつためであるが,強磁性体がつねに自発磁化の強さにまで磁化しているとは限らないのは,これが多くの磁区に分かれているからである。磁区の観察は31年F.ビッターによって初めて試みられたが,そのほんとうの姿が観察されたのは,49年R.M.ボゾルス,W.B.ショックリーらによる研究の成功によってであった。
20世紀に入ってからの磁気研究は,フランス,イギリス,ドイツ,オランダ,アメリカなどの諸国の多くの研究者たちによって推進された。日本でも1878年に来日したJ.A.ユーイングによるヒステリシス現象の発見以来,長岡半太郎,本多光太郎らの著名な磁気学者が輩出し,諸外国と同一水準の研究成果をあげている。
磁気の根源は原子の中の電子の軌道運動(開電流)と電子の自転(スピン)に基づく磁気モーメントであるが,固体中ではほとんどの場合,軌道磁気モーメントは凍結され,スピン磁気モーメントが磁性の原因となっている。中性原子は原子番号の数の電子が軌道運動を行っているが,一つの軌道には+,-のスピンをもつ二つの電子が対になって入るというパウリの原理によって,大部分のスピンは打ち消されてしまう。磁性に寄与するのは3dまたは4f電子のスピンで,前者は化合物ではMn2⁺,Fe3⁺,Fe2⁺,Co2⁺,Ni2⁺,Cu2⁺などのイオン,金属合金ではFe,Co,Niなどが,また後者は希土類が,そのために磁性を示す。したがって強磁性を示すのは,これらの磁性イオンまたは磁性原子を含む酸化物,化合物または金属合金に限られる。
強磁性体の磁化しやすさは磁区と磁区との境界(磁壁)の移動しやすさによって決まる。磁性体が夾雑物(きようざつぶつ)を含まず,結晶にもひずみがない場合には透磁率が大きくなり,いわゆる磁気的に軟らかい軟磁性体となる。このような磁性体は変圧器や回転機の磁心材料となる。これに対して,析出物などによって磁壁の移動を困難にし,一度磁化した状態を保ちやすくしたものは,いわゆる磁気的に硬い硬磁性体となる。このような磁性体は永久磁石や磁気記憶記録材料として用いられる。
最近では物理学の大統一理論によって,+または-の磁極のみをもつ磁気単極子magnetic monopoleの存在が議論されており,これを検出しようとする努力が各所でなされている。
→磁石 →磁性 →電流
執筆者:近角 聡信
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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磁石に特有な物理的性質をいい、電気と並んで使われる。電気が電荷の意味に使われるのと同様に、磁気は磁荷の意味に使われることがある。「磁気を与える」はその例である。電荷とは異なり、真の磁荷は現在に至るまで発見されていない。しかし、素粒子物理学の主流である大統一理論ではその存在が予言されている。磁気がもっとも広く使われるのは、形容詞的な用法である。磁気モーメント、磁気構造などの概念は明確に定義でき、また磁気記録、磁気テープ、磁気ディスクなどは電子工学上の用語でもある。しかしながら「磁気」は明確に定義できるような用語ではなく、単独で使われることはしだいになくなりつつある。
[宮原将平・佐藤博彦]
『谷腰欣司著『図解 磁石と磁気のしくみ』(2000・日本実業出版社)』
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