社会主義法(読み)しゃかいしゅぎほう

改訂新版 世界大百科事典 「社会主義法」の意味・わかりやすい解説

社会主義法 (しゃかいしゅぎほう)

社会主義法という概念は,旧ソ連において1930年代に確立され,その後広く用いられるようになった概念である。

 ソ連では,十月社会主義革命後のソビエト政権下の法は〈プロレタリア法〉〈ソビエト法〉という概念でとらえられていた。それは,社会主義社会建設の完成によって国家と法が〈死滅〉するに至るまでの〈過渡期の法〉とみなされ,しばしば,かっこつきの〈ブルジョア法〉として批判的に認識されていた。30年代に入って,ソ連で社会主義が基本的に実現された,という認識のうえに,新しい段階の法体系を確立する必要が唱えられ,これを〈ソビエト社会主義法〉ととらえ,ひるがえって革命後の法形成全体を社会主義法の形成・発展とみる考え方が確立されてゆく。法の歴史的発展を,ブルジョア法から法の〈死滅〉へという枠組みではなく,前者から新たな歴史的法類型としての社会主義法への〈発展〉としてとらえる思考がここに樹立される。

 第2次大戦後に社会主義の道に入った国々の新しい法体系は,当初人民民主主義法〉と規定されたが,50年代後半からこれらも社会主義法という概念に包摂されるに至った。比較法学でも,観点は異なるが,現代世界の諸〈法圏〉の分類のために,ロマン法圏,ドイツ法圏,英米法圏などと区別して,社会主義諸国の法体系を社会主義法圏と規定するようになる。

 社会主義法という概念は,抽象的・一般的にいえば(マルクス主義の立場では),社会主義革命によって社会主義的社会関係が生成・発展する歴史過程において,まずは旧(資本主義)社会の解体と新社会の形成の行程を組織する革命法として,ついで,形成された社会主義的社会関係を表現・媒介し,国家的強制をともなう法が社会的自治規範に全面的に転化する共産主義への移行過程を促進する法体系として存立するもの,を意味する。それは,一方では経済にいまだ分業,商品=貨幣関係,等価的分配原理が存在するかぎりで,他方では社会主義が資本主義時代の人類の積極的な文化的遺産(民主主義的諸制度)を発展的に継承すべきものであるかぎりで,ブルジョア法と一定の連続性をもつが,国家権力の労働者階級的あるいは人民的性格,生産手段の社会的所有と計画経済および生産物の労働に応ずる分配の原理,人々の倫理的・法的意識のプロレタリア的性格等によってブルジョア法と質的に異なる類型的特質をもつものとなる,と解されてきた。

 けれども,現実の世界史における社会主義法の生成過程はきわめて複雑であって,それはまず,ブルジョア社会とブルジョア法の未成熟な専制的政治体制下のロシアにおいて,国際的に孤立した社会主義革命の所産として出現した。旧法体系との断絶,ブルジョア民主主義ラディカルな否認のうえに,革命的理想主義と峻厳な独裁的統治原理に基礎づけられながら誕生したソビエト法は,ブルジョア法の〈借用〉をも是認する現実主義的なネップ法制を経て,1930年代に生産手段の全一的社会化と集権的計画経済体制,権威主義的な一党制政治体制の確立とあいまって〈ソビエト社会主義法〉として造形された。第2次大戦後,東欧社会主義諸国はブルジョア民主主義法制をかなり継承する非ソビエト型の法秩序を志向し,アジアの社会主義諸国は後進性を考慮した独自の道を志向するが,やがてともにソビエト・モデルを受容することになる。

 56年のスターリン批判以後,社会主義諸国は,社会主義的民主主義と社会主義的適法性原理の再建と発展を目ざす法改革,ついで,あれこれの形での市場的要素の導入を伴う〈経済改革〉と結びついたさまざまの法改革を試みた。各国ごとの独自の社会主義法像の追究が試みられ,ソビエト法は社会主義法の一形態として相対化される。その中で,1950年代以来のユーゴスラビアの〈自主管理〉型法体制の発展がみられ,また挫折を余儀なくされたがチェコスロバキアの西欧民主主義の伝統を生かす法改革の試み(〈再生運動〉)が現れ,ハンガリーやポーランドでも独自の性格をもつ法改革運動が展開された。他方,中国は極度の法的ニヒリズムにいろどられた〈文化大革命〉により,社会主義法形成における混乱の一時代を経験した。

 これらの現象を含みながらも,社会主義諸国では,おおまかにいって次のような共通の特徴をもつ法体系がつくりだされてきた。

 その特徴の第1は,所有権,契約,法的人格といった基礎的範疇系列において,社会化・計画化によって基礎づけられる独自の法範疇を生みだしている点である。ソ連邦における〈国家的所有権・計画=経済契約〉とドイツ民主共和国における〈人民的所有・経済契約〉との相違,さらにはそれらとユーゴスラビアの〈自主管理的社会的所有・自主管理協約〉との相違,これと関連する経済管理法制,労働法制の相違,農業協同組合法の相違など,各国の社会化セクターの法形態の間には大小さまざまの相違があり,民法典や経済法典のつくり方にも重要な相違があるが,生産手段の国家的または集団的所有を基礎とする点でブルジョア法の所有権,契約,法的人格範疇と質的に区別される共通性をもつ範疇系列がつくりだされた。消費財の個人的所有を基礎とする所有権,契約,法的人格範疇についても同じことがいえる。

 これらの法範疇の表現する権利・義務関係の展開の場が集権的計画経済体制であるかぎり,そこでの〈権利〉範疇自体が近代市民法におけるそれとは異なる性格をもつことはいうまでもない。ただし,この集権性ないし計画性が内部的な〈取引関係〉や〈第二経済〉によって〈歪曲〉される構造をもったこともあわせて見ておく必要がある。

 第2の特徴は,勤労者のための社会的権利(労働権--ただし争議権は抑制,医療および社会保障の権利,教育を受ける権利等々)の平等保障と労働・生活関係の法的決定諸過程への参加形態の重視である。後者には,国家管理を前提として主として労働組合組織を通ずるそれへの〈参加〉を強調する1920年代以降のソ連型,基礎的生産単位の労働者集団による〈自主管理〉を打ちだした1950年代以降のユーゴスラビア型を両極とするさまざまな形態があるが,いずれにしても,それは社会的権利の平等保障とともに,体制正当化の不可欠の手段とされた。ただ,社会的権利の内実には生産力水準が規定される限界があったことはいうまでもない(歴史的に変化し,各国別に相違する)。また広義の参加諸形態は,官僚制による抑止と形骸化との対抗関係にあり(歴史的に変化),さらには次にあげる第3の特徴と関連して,〈大衆動員〉のルートとして機能した。他方,それが個別的〈グループ利益〉の表出の場として機能した面もあろう。

 第3の特徴は,法の定立・実現過程が,マルクス=レーニン主義政党を核とする政治的統合の構造に媒介されている点であり,とくに多かれ少なかれ,党=国家癒着型の法的決定過程がみられることである。政治・思想上のプルーラリズムの本質的排除のうえに成り立っているこの構造は,代表民主制の諸形態(ソビエト型,議会型)や法律適合性原理を内側から規定している独特の構造であり,自由権の制限および適法手続の脆弱性もそれと不可分であった。東欧諸国における改革運動もこれを破りえなかった。この点でも,具体的な法制度に即してみれば,政党制,代表民主制,裁判制度,自由権法制など各国ごとの相異があるが,本質的には上記の要素を共通の特徴としていたといえよう。といっても,この一元的政治・イデオロギー統合のシステムにも,事実上はつねにその裏側に〈第二政治〉や〈表裏の二重構造〉を伴っていたことを見逃してはならない。

 社会主義法の存立の土台となっていた社会主義体制は,1980年代後には,市場システムと政治的プルーラリズムの導入を中心とする抜本的改革,〈ペレストロイカ〉を迫られるが,後者は旧ソ連・東欧諸国では社会主義体制そのものを崩壊に導き,上述のような性格をもつものとして生成・展開してきた社会主義法はその歴史を閉じることになった。中国などではなお共産党の一党制政治体制が維持されているが,〈社会主義的市場経済〉といわれる一種の混合経済体制への移行,およびそれにともなう〈法治主義〉への転換によって,そこでの社会主義法の制度と法理論は大きな変動過程にある。

 旧ソ連の崩壊は,これに先行する時期における〈崩壊への歴史的過程〉を新たな研究課題たらしめた。これに対応して,従来の〈社会主義体制〉理解,したがってまた〈社会主義法〉に関する理解の再検討も不可避となった。
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