最新 心理学事典 「社会的推論」の解説
しゃかいてきすいろん
社会的推論
social inference
【推論の倹約性】 社会的推論の研究は,われわれを直観的心理学者に喩えるところから始まった。しかし,規範的で合理的な方法を用いる「学者」の側面よりも,簡便で直観的な方法を用いる「認知的倹約家」の側面が強調された。トベルスキーTversky,A.とカーネマンKahneman,D.はわれわれが日常の推論に用いている直観的方略をヒューリスティックheuristicとよび,3種類の存在を明らかにした。まず,代表性ヒューリスティックrepresentativeness heuristicは,ある対象が所属するカテゴリーを推論する際に,その対象がどの程度カテゴリーを代表しているか(あるいはカテゴリーの本質的特徴と似ているか)を手がかりにする方略である。また,利用可能性ヒューリスティックavailability heuristicは,想起する事例の数の多さを手がかりとして評価や判断を行なう方略である。その後の研究では,事例数だけではなく,事例を想起することの容易さ(検索容易性)という主観的経験も判断に影響することが示された。そして,係留と調整のヒューリスティックanchoring and adjustment heuristicは,基準となる係留点を定めてそこから調整を行なうことによって最終的な推測値を求める方略である。しかし,調整には認知資源が必要で,多くの場合不十分なままで終わり,最初の係留点に近い推定が行なわれやすいことが知られている。
認知的倹約家としてわれわれは,社会的スキーマなど既有の枠組み的知識を所与の前提に含めて推論することも多い。ステレオタイプ的判断はその典型であり,所属するカテゴリー情報に基づいて特定の個人の特徴を推論する過程として考えられる。また,所与の前提をポジティブあるいはネガティブ,どちらの枠組みでとらえるかによって,選好や判断が異なることも知られ,フレーミング効果framing effectとよばれている。日常の行動を自己制御するときにも,利益を獲得する方向に焦点を当てる場合(促進焦点)と,損失を回避する方向に焦点を当てる場合(予防焦点)では異なる帰結が得られるだろう。
論理的推論には,個別事例から一般ルールを見つける帰納と,一般原理から導出される個別規則を見つける演繹とが区別される。ある集団の人を多数観察することによって,その集団成員に共通した特徴を見つけるというステレオタイプ形成は,前者の帰納推論の一つと考えられる。しかし,頻度の少ない情報は目立ちやすく利用可能性が高いので,少数派集団と社会的に頻度の少ない(一般には望ましくない)行動傾向を誤って関連づけやすいことが知られている。他方で,われわれはある仮説を検証しようとする演繹推論において,その仮説に沿った証拠を探し求めやすいという確証バイアスconfirmation biasをもつ。たとえばある人が「内向的である」と聞くと,内向的な側面ばかりに注意を向け,外向的行動を無視したり外的要因に帰属したりして,最初の思い込みを維持しやすい。
以上のように,われわれは情報を吟味し精査するよりも,簡便な方法を用いて手軽に結論を得る傾向がある。しかし,こういった推論の倹約性は,多くの日常的な状況で適切な解答を導き,コストパフォーマンスの点で優れているだろう。ギガレンツァーGigerenzer,G.は,たとえば再認ヒューリスティックrecognition heuristic(対象が再認できるかどうかを手がかりに判断すること)の有用性を示し,ヒューリスティックがもたらすバイアスよりも,その適応的価値を強調している。
【自己と他者の推論とバイアス】 それでも,推論にコストを払う場合もある。とくに,自己と他者にかかわる推論には「相手が自分について考えていることを考える」といった,再帰性やメタレベルの推論が存在していて,多くの認知資源を費やすだろう。カーネマンたちはシミュレーションヒューリスティックを後に指摘し,われわれは事例の想像のしやすさを手がかりとして判断することも示した。このヒューリスティックには,「もし……だったら」と現実に反する架空の出来事を考える,反実思考counterfactual thinkingが含まれている。オリンピックの銀メダリストは「もし……していたら優勝」と上方比較をして悔やしがり,「もし……だったらメダルを逃していた」と下方に反実思考することによって喜びをかみしめる銅メダリストよりも幸せでないことが多い。理想自己や可能自己を考えることも一種の反実思考であり,それとの比較によって現実自己が評価されることもあるだろう。
われわれは,他者が自己をどのように見て評価しているのか気にかかることが多い。しかし,他者の評価を推論することは難しく,しばしばバイアスが示される。たとえば,スポットライト効果spotlight effectとは,実際以上に自分の行為や外見を他者が注目していると感じる傾向のことである。また,自分の内面が他者に見透かされていると実際以上に感じる,透明性の錯覚illusion of transparencyという現象も知られている。たとえば,面接場面で自分が緊張しているときに,その緊張状態が面接員に見抜かれていると感じるかもしれないが,実際にはそれほど読み取っていないのである。他方で,自分が話したことは,相手にきちんと伝わっていると思いやすいが,相手は話者の意図を見抜けないことがしばしばある。
以上の二つの研究は,自他に関する推論において,われわれが自己中心性バイアスegocentric biasを示すことによって説明される。ここでの自己中心性とは,自分の内面や過去などの情報を自分だけがもち,それに基づいて推論しているにもかかわらず,他者がそうしていないことに気づかないことを意味する。このように認知的な意味での自己中心性であるが,コミュニケーション場面において,他者との間にギャップや葛藤をもたらすかもしれない。
社会的推論はその対象や対象の特定の側面に焦点化しやすい。「カリフォルニアの住民は幸せである」と推測されるのは,温暖な気候に焦点が当たるからだと考えられる。しかし,実際の生活にはほかのさまざまな要因がかかわり,地域による幸福感の差はそれほど大きくなかった。また,たとえば「試験に受かったらどれほどうれしいだろう」と,将来の出来事を想定して自分の感情反応を予測することがある。この際に,出来事を取り巻く状況が考慮されず,出来事のよしあしに焦点化されるため,実際よりも強い程度の感情を予測するというインパクトバイアスが起きやすい。先述の自己中心性バイアスも,自己への焦点化に基づく推論のバイアスとして考えられるかもしれない。もちろん,もっと動機的な意味で自己を優先する傾向も社会的推論に認められる。帰属研究で自己奉仕的バイアスとよばれた現象は,自己高揚動機(高い自己評価を獲得し維持する欲求)が社会的認知や推論に及ぼす影響としてとらえられる。ポジティブ幻想positive illusionとして知られる一連の現象は,自己を肯定的に認知することが身体的・精神的健康を促すことを示しているが,それらは自己高揚動機に基づいた推論の帰結でもある。ポジティブ幻想の一つであるコントロールの錯覚は,自分が実際に影響を及ぼせる以上に,出来事をコントロール可能だとみなすことである。もう一つの非現実的楽観性unrealistic optimismは,自分の将来の運命を考えたときに,幸運の起きる確率を現実的水準より高く,不運に遭遇する確率を低くみなす現象である。
ポジティブ幻想はその程度が強すぎるときにはむしろ不健康をもたらすし,対人間で過剰に自己高揚を示すことは社会的に望ましくないことが多い。しかし,困難に立ち向かったり,困難に立ち向かう人をサポートするためには,適度な自信や楽観性が必要であり,仲間が自分を認めてくれることにもつながるだろう。社会的推論には多様なバイアスがあり,それを理解して生活に役立てる必要があるが,適切に行動し,よりよく生きるために日常的に推論が働くのである。 →対人認知
〔村田 光二〕
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