最新 心理学事典「社会言語学」の解説
しゃかいげんごがく
社会言語学
sociolinguistics
【社会言語学の主な関心事と研究方法】 社会言語学の主な関心領域は言語変異,言語選択,言語使用である。
言語変異language variationとは,同じことをいうための異なった言語使用のことをいう。言語変異の具体的な形を変種variantという。この変種には話者の年齢,職業,性別などの属性の違いによる社会変種と,居住地などの違いによる地域変種とがある。「若者ことば」は前者の,「津軽弁」などの方言は後者の例である。東京方言を基礎とした共通語のように,現実に使われる共通度の高い変種を標準変種standard varietyといい,それ以外のものを非標準変種という。言語変異研究は,言語変異のパターンを記述する理論的な枠組みを構築したラボフによってその基礎が築かれた。ラボフは変項規則variable ruleという概念を用いて,一つの単語を発音するときの特定の子音の脱落のパターンが定式化できることを示した。たとえば,ある特定の社会集団における単語の最後のtあるいはdの脱落は,
-t/-d→φ[+cons]〈_#〉β_##〈_syll〉α(optional)のように定式化された。これはt/dの子音の脱落は次に続く単語が子音で始まるときに脱落しやすく(たとえばfirst thingのt),前に形態素境界があるときには脱落しにくい(たとえばhe passedのd)ことを表わしている。ラボフ(1966)は,母音の後の/r/の脱落がニューヨークの労働者階級に多く見られることも,入念に設計されたインタビュー調査により明らかにしている。これらは一見ランダムなように見える子音脱落が実は体系的に起きていること,さらに子音脱落と社会階層とに関連性があることを示す画期的な研究であり,その後多くの社会変種の研究が行なわれ,言語変異は社会言語学の中心的な研究領域となった。ラボフが用いた研究手法は,量的研究法quantitative paradigmとよばれる大量のデータを統計を用いて分析する手法であり,言語変異における変項を従属変数,話者の社会的階層などの属性を独立変数として変項と属性との関係を検討する手法である。この手法は現代のコーパス言語学corpus linguisticsとよばれる領域に受け継がれている。
言語変異研究が,社会の中の言語のあり方の傾向を量的分析によって明らかにするマクロな視点による研究であるのに対し,言語選択と言語運用の研究の多くは,自然に生起する状況における個人間のことばによる相互行為がどのように行なわれているのかを明らかにしようとするミクロな視点からの研究である。そのため研究手法としては,参与観察により個別の言語資料を収集し,記述して,それに基づく解釈を基本とする質的研究の手法を取ることが多い。主にこれらの領域において,言語と認知のかかわりが取り上げられている。
言語選択language choiceとは,二つ以上の言語や言語変種が自分の所属するスピーチコミュニティspeech community(言語を介したコミュニティのことで,居住地の地域社会に限らない)にあるときに,どういう状況でどの言語を選択するかという問題である。この問題は,マクロな視点から見れば,多言語社会において,どのような領域でどのような言語の使い分けがあるのかという問題であるが,ミクロな視点から見れば,一人の話者がどの言語(コード)を選択し,そのことによって何をしているのかというコードスイッチングcode-switchingの問題でもある。ガンパース(1982)によれば,会話におけるコードスイッチングは一つの会話における二つの文法システム,あるいはサブシステムの併置であり,自分の意図や場の解釈を相手に示す文脈化の合図contextualization cueの一つである。コードスイッチングの研究は,話者がそれを行なう動機について多くの研究がなされ,その動機には,場面や話題の進行につれて起こるもの,メンバーシップの確立のため,権利や義務について交渉するため,どのコードを使うべきかを見極めるための,四つがあるといわれている(東照二,1997)。
言語使用language useとは,ことばを使うことである。そして,人びとの日常の言語使用はある特定の社会文化的な状況のもとで行なわれる。統語論に代表される理論的な言語学の研究では,この問題は捨象され,ことばは抽象的な文法システムとして研究された。それに対しハイムズは,スピーチコミュニティの中での人びとの話し方を,そのコミュニティの中に入り込んで観察することにより明らかにしようとした。その方法がことばのエスノメソドロジーethnography of speakingである(Hymes,1962)。この研究方法における分析の単位は,スピーチイベントspeech eventとよばれる講義やインタビューや日常会話のようなことばを使って行なう社会文化的な活動である。スピーチイベントの構成要素にはその頭文字を取ってSPEAKINGで表わされる八つの構成要素,すなわち①状況setting and scene,②参加者participants,③目的ends,④活動act sequence,⑤基調key,⑥媒体instruments,⑦規範norm,⑧ジャンルgenreがあるとされ(Hymes,1972),これらの構成要素は講義やインタビューなどのスピーチイベントの特徴を記述するために考え出された。言語使用の分析の単位を,文を超えたスピーチイベントという活動に拡大したことは,ハイムズの研究の大きな意義といえる。
【エスノメソドロジーと相互行為分析】 エスノメソドロジーethnomethodology(民族誌的方法論)とは,社会学者のガーフィンケルGerfinkel,H.の造語で「人びとの方法」という意味である。1960年代から70年代にかけて,人びとの活動はどのように他の参加者に了解可能なように秩序づけられていくのかについての論を発展させていった。エスノメソドロジーでは,秩序はその都度,活動の中で互いに作り合っていくものであると考えられている。社会言語学で関係が深い領域は,サックスSacks,H.らが始めた会話分析conversation analysisである。会話分析は発話の連続体としての会話の構造に関心があり,会話がどのように始まり,終わり,参加者たちがどのようにターン(発話順番)を回して協働的に会話を組み立てているのかを分析する。会話分析は分析者があらかじめ仮説をもってデータを見ることに批判的であり,初期のころには,相互行為を見ることで,その意味が明らかな日常的な状況の会話のみを分析の対象としてきたが,近年では,裁判での証言,診療場面の会話,介護の現場の会話など制度的談話institutional talk(Heritage,J.,2005)とよばれる場面の会話分析も試みられている。 →語用論
〔西條 美紀〕
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