デジタル大辞泉
「社会言語学」の意味・読み・例文・類語
しゃかい‐げんごがく〔シヤクワイ‐〕【社会言語学】
《sociolinguistics》言語学の一分野。言語を社会的要因との関連で研究するもので、階級・職業・年齢・性別・人種などさまざまな社会層や場面の性質による言語の違いが主要な研究対象となる。言語社会学。
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しゃかい‐げんごがくシャクヮイ‥【社会言語学】
- 〘 名詞 〙 ( [英語] sociolinguistics の訳語 ) 社会での言語の使われ方を研究する言語学の一分野。たとえば、階級、年齢、性別、職業、人種などの違いと言語の関係、言語政策、言語接触、多言語使用など広範囲な分野を扱う。古くは言語社会学と称した。
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しゃかいげんごがく
社会言語学
sociolinguistics
ことばを社会との関係においてとらえようとする研究分野を指す。1960年代から70年代にかけてアメリカでハイムズHymes,D.,ラボフLavob,W.,ガンパースGumperz,J.らの研究によってその基礎が築かれた。社会言語学は,文化人類学,心理学,社会学などの学問を基盤としているが,現在では医療,教育,工学などの分野にもその研究領域を広げている。日本では,1940年代から言語変異をとらえる研究が国立国語研究所において地域の言語生活の研究として行なわれており,現代まで続く方言研究につながっている。近年では日本でも,言語行動linguistic behavior(言語を介したコミュニケーション行動)が,社会的な状況の中での相互行為としてとらえられるようになり,異分野の研究者との共同研究も医療や工学の分野を中心に行なわれるようになった。
【社会言語学の主な関心事と研究方法】 社会言語学の主な関心領域は言語変異,言語選択,言語使用である。
言語変異language variationとは,同じことをいうための異なった言語使用のことをいう。言語変異の具体的な形を変種variantという。この変種には話者の年齢,職業,性別などの属性の違いによる社会変種と,居住地などの違いによる地域変種とがある。「若者ことば」は前者の,「津軽弁」などの方言は後者の例である。東京方言を基礎とした共通語のように,現実に使われる共通度の高い変種を標準変種standard varietyといい,それ以外のものを非標準変種という。言語変異研究は,言語変異のパターンを記述する理論的な枠組みを構築したラボフによってその基礎が築かれた。ラボフは変項規則variable ruleという概念を用いて,一つの単語を発音するときの特定の子音の脱落のパターンが定式化できることを示した。たとえば,ある特定の社会集団における単語の最後のtあるいはdの脱落は,
-t/-d→φ[+cons]〈_#〉β_##〈_syll〉α(optional)のように定式化された。これはt/dの子音の脱落は次に続く単語が子音で始まるときに脱落しやすく(たとえばfirst thingのt),前に形態素境界があるときには脱落しにくい(たとえばhe passedのd)ことを表わしている。ラボフ(1966)は,母音の後の/r/の脱落がニューヨークの労働者階級に多く見られることも,入念に設計されたインタビュー調査により明らかにしている。これらは一見ランダムなように見える子音脱落が実は体系的に起きていること,さらに子音脱落と社会階層とに関連性があることを示す画期的な研究であり,その後多くの社会変種の研究が行なわれ,言語変異は社会言語学の中心的な研究領域となった。ラボフが用いた研究手法は,量的研究法quantitative paradigmとよばれる大量のデータを統計を用いて分析する手法であり,言語変異における変項を従属変数,話者の社会的階層などの属性を独立変数として変項と属性との関係を検討する手法である。この手法は現代のコーパス言語学corpus linguisticsとよばれる領域に受け継がれている。
言語変異研究が,社会の中の言語のあり方の傾向を量的分析によって明らかにするマクロな視点による研究であるのに対し,言語選択と言語運用の研究の多くは,自然に生起する状況における個人間のことばによる相互行為がどのように行なわれているのかを明らかにしようとするミクロな視点からの研究である。そのため研究手法としては,参与観察により個別の言語資料を収集し,記述して,それに基づく解釈を基本とする質的研究の手法を取ることが多い。主にこれらの領域において,言語と認知のかかわりが取り上げられている。
言語選択language choiceとは,二つ以上の言語や言語変種が自分の所属するスピーチコミュニティspeech community(言語を介したコミュニティのことで,居住地の地域社会に限らない)にあるときに,どういう状況でどの言語を選択するかという問題である。この問題は,マクロな視点から見れば,多言語社会において,どのような領域でどのような言語の使い分けがあるのかという問題であるが,ミクロな視点から見れば,一人の話者がどの言語(コード)を選択し,そのことによって何をしているのかというコードスイッチングcode-switchingの問題でもある。ガンパース(1982)によれば,会話におけるコードスイッチングは一つの会話における二つの文法システム,あるいはサブシステムの併置であり,自分の意図や場の解釈を相手に示す文脈化の合図contextualization cueの一つである。コードスイッチングの研究は,話者がそれを行なう動機について多くの研究がなされ,その動機には,場面や話題の進行につれて起こるもの,メンバーシップの確立のため,権利や義務について交渉するため,どのコードを使うべきかを見極めるための,四つがあるといわれている(東照二,1997)。
言語使用language useとは,ことばを使うことである。そして,人びとの日常の言語使用はある特定の社会文化的な状況のもとで行なわれる。統語論に代表される理論的な言語学の研究では,この問題は捨象され,ことばは抽象的な文法システムとして研究された。それに対しハイムズは,スピーチコミュニティの中での人びとの話し方を,そのコミュニティの中に入り込んで観察することにより明らかにしようとした。その方法がことばのエスノメソドロジーethnography of speakingである(Hymes,1962)。この研究方法における分析の単位は,スピーチイベントspeech eventとよばれる講義やインタビューや日常会話のようなことばを使って行なう社会文化的な活動である。スピーチイベントの構成要素にはその頭文字を取ってSPEAKINGで表わされる八つの構成要素,すなわち①状況setting and scene,②参加者participants,③目的ends,④活動act sequence,⑤基調key,⑥媒体instruments,⑦規範norm,⑧ジャンルgenreがあるとされ(Hymes,1972),これらの構成要素は講義やインタビューなどのスピーチイベントの特徴を記述するために考え出された。言語使用の分析の単位を,文を超えたスピーチイベントという活動に拡大したことは,ハイムズの研究の大きな意義といえる。
【エスノメソドロジーと相互行為分析】 エスノメソドロジーethnomethodology(民族誌的方法論)とは,社会学者のガーフィンケルGerfinkel,H.の造語で「人びとの方法」という意味である。1960年代から70年代にかけて,人びとの活動はどのように他の参加者に了解可能なように秩序づけられていくのかについての論を発展させていった。エスノメソドロジーでは,秩序はその都度,活動の中で互いに作り合っていくものであると考えられている。社会言語学で関係が深い領域は,サックスSacks,H.らが始めた会話分析conversation analysisである。会話分析は発話の連続体としての会話の構造に関心があり,会話がどのように始まり,終わり,参加者たちがどのようにターン(発話順番)を回して協働的に会話を組み立てているのかを分析する。会話分析は分析者があらかじめ仮説をもってデータを見ることに批判的であり,初期のころには,相互行為を見ることで,その意味が明らかな日常的な状況の会話のみを分析の対象としてきたが,近年では,裁判での証言,診療場面の会話,介護の現場の会話など制度的談話institutional talk(Heritage,J.,2005)とよばれる場面の会話分析も試みられている。 →語用論
〔西條 美紀〕
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社会言語学
しゃかいげんごがく
広義の言語学の一分野。言語と社会の関係、具体的場面での言語の用いられ方を研究対象とする。古くは言語社会学とよんでいた。
社会言語学の名のもとに行われている研究は、大きく三つに分けられる。第一のタイプは、時期的にはもっとも早くから行われてきたものであるが、狭義の言語学(言語そのものの構造を明らかにするもの)の成果を社会的な言語問題に適用するものである。正書法の制定(日本語のローマ字の綴(つづ)り方、漢字制限、仮名遣いなど)、標準語の整備と普及、国語教育法などがそのおもな内容である。これは、現時点からいうならば、一種の応用言語学であり、真の意味の社会言語学ということはできない。
第二のタイプは、言語の実際使用が、どのような社会的条件とどのような関連の仕方をしているかを明らかにするもので、現在の研究の主流はこのタイプに属する。敬語・丁寧語の研究はその代表的なものであり、ほかに男女差、年齢差、職業別、場面の性質(格式ばっているか、くだけているか)などとの関係も研究対象とする。このような社会的条件と使用語彙(ごい)、文体差、話す速度、間の取り方、声の調子などとの相関関係を統計的手法を用い明らかにする。
第三のタイプは、研究が十分には進んでいないが、大きく一つの国、文化を基盤として、そのなかで言語(多言語社会における複数の言語も含む)がどのような位置づけをされているか、文化と言語の関係、伝達行動(言語行動と非言語行動からなる)において言語がどのように用いられているか、対話の構造などを研究対象とする。この分野は「伝達の民族学」とよばれることもある。文化と言語の関係、とくに土着言語とその文化を扱うものを「人類言語学」とよぶことがある。
言語構造を研究する狭義の言語学あるいは構造主義言語学は、ある一つの構造だけを対象とする傾向が強く、言語を等質的とみるが、社会言語学では、言語は本質的にいって異質な諸変種の複合体であるとみなす。構造主義言語学では、ある理想的な言語使用者を想定して、その人間がもっているはずの言語能力を記述しようとするが、社会言語学では、そのような考え方は非現実的であるとして退ける。
[国広哲弥]
『鈴木孝夫著『ことばと文化』(岩波新書)』▽『P・トラッドギル著、土田滋訳『言語と社会』(岩波新書)』▽『田中克彦著『ことばと国家』(岩波新書)』▽『R・バーリング著、高原脩・本名信行訳『言語と文化――言語人類学の視点から』(1974・ミネルヴァ書房)』
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社会言語学【しゃかいげんごがく】
言語学の一分野。言語現象を特に社会的事実との関連においてとらえていこうとするもの。たとえば,言語のバリアント(異形)と,社会階層,年齢,性,職業,教育水準など個人の社会・集団的属性との関連,また談話場面や状況に応じてみられる変異現象を記述分析する。言語と民族,言語と国家との関係も最近では重要な研究対象となっている。言語社会学とほぼ同義。
→関連項目人類言語学|ダイグロシア
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世界大百科事典(旧版)内の社会言語学の言及
【言語学】より
…
【境界領域】
以上述べたものは,主として言語そのものを研究する分野であるが,言語が人間および人間社会のその他の事象と無関係に存在するものではないことから,言語とその他の事象との関係を研究する分野が必要になる。言語と心理との関係,発話行動における心理などを考える〈言語心理学〉,幼児の言語習得過程を研究し,母語教育に役立てようとする〈幼児言語学〉(〈[幼児語]〉の項を参照)または〈発達言語学〉,言語障害を研究する〈言語障害学〉,母語や外国語の教育方法を研究する〈言語教育学〉(〈[言語教育]〉の項を参照),などがあり,また,〈言語社会学〉または〈社会言語学〉と呼ばれる分野は,言語の側の差異と人間集団の差異(階層のちがいとか出身地のちがいとか)の関係を多方面にわたって研究し,〈言語人類学〉は,言語の諸事象と文化人類学的諸事象の間の関係を調査・研究する。〈言語社会学〉には,[言語政策]などを扱う分野(〈言語工学〉とも呼ばれる)もはいり,また,複数の言語が話される国などの問題を扱う言語教育学的研究も含まれる。…
※「社会言語学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」