日本歴史地名大系 「禅興寺跡」の解説
禅興寺跡
ぜんこうじあと
集」密林住禅興江湖疏并序に、北条時頼はわが国禅宗興隆の権輿であり、また「曰建長曰禅興、皆
元亨三年(一三二三)北条貞時十三年忌供養には僧衆九二人が参加(「北条貞時十三年忌供養記」県史二)。これは建長寺・円覚寺・集)といわれるように、当寺がかなりの大寺であったことを思わせる。
禅興寺跡
ぜんこうじあと
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報