日本大百科全書(ニッポニカ) 「第三革命」の意味・わかりやすい解説
第三革命
だいさんかくめい
近代中国で、袁世凱(えんせいがい)の帝制に反対した運動。辛亥(しんがい)革命(第一革命)後、独裁を目ざした袁世凱に対する反袁運動である。第二革命が失敗すると、袁世凱は権力を強化して皇帝になることを望んだ。彼は1915年、アメリカ人御用学者グッドノウに帝制賛美論を書かせて世論づくりに役だて、また腹心の楊度(ようたく)らに籌安会(ちゅうあんかい)を組織させて帝制復活の宣伝に努めた。そして同年12月、国民の推戴(すいたい)を受けたとし、翌年1月をもって年号を洪憲(こうけん)とし、即位式をあげることを定めた。時代に逆行する帝制運動に対しては元来反対も多かったから、15年12月、蔡鍔(さいがく)、唐継堯(とうけいぎょう)らが雲南省で独立を宣言し、「護国軍」を組織すると、西南各省もこれに応じた(第三革命)。護国軍側が優勢であったため、16年3月、袁はやむなく帝制を取り消し、6月死んだ。袁の死により、帝制復活阻止という第三革命の基本的任務は達成された。その一方、第二、第三革命を経て力をつけた各地の軍閥は、袁世凱という中心人物を失ったこともあり、以後、互いに激しく争うようになった。こうして中国は軍閥混戦時代に入っていった。
[倉橋正直]