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第17代韓国大統領選挙 だい17だいかんこくだいとうりょうせんきょ/だいじゅうななだいかんこくだいとうりょうせんきょ

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知恵蔵2015の解説

第17代韓国大統領選挙

1948年8月15日の韓国建国から17代目となる大統領の選挙が2007年12月19日に投開票され、最大野党・ハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)候補が当選した。かつて軍事政権と闘った金大中(キム・デジュン)氏、盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏と続いた民主派から10年ぶりに保守派への政権交代となる。就任は08年2月25日。過去最多の12人が立候補したなか、得票率48.67%を記録する圧勝だった。盧武鉉政権の流れをくむ旧与党系各派の多くが選挙前に合流して急ごしらえした大統合民主新党の鄭東泳(チョン・ドンヨン)氏が第2位で同26.14%、それまで2回の大統領選で金大中、盧武鉉両氏に連続して小差で敗れた李会昌(イ・フェチャン)氏がハンナラ党を出て無所属で立ち、同15.07%の第3位だった。李明博氏は41年、両親が当時住んでいた大阪市に生まれ、3歳で韓国に渡った。母の行商を手伝うなどし、夜間高校を経て高麗大を卒業した。故鄭周永(チョン・ジュヨン)氏が創業した現代(ヒョンデ)財閥系の現代建設に入り、35歳で社長、そのあと会長にもなり、中東進出を始め攻めの経営で同社を発展させた。国会議員として政界に転じ、02年7月から1期4年、ソウル市長を務めた。ソウル都心の高架道路を撤去し、暗渠(あんきょ)のドブ川になっていた清渓川(チョンゲチョン)をきれいに復元するなど、大胆な都市改造も行った。李明博氏のそうした企業経営の経験と行政手腕への評価が勝利の背景にある。それはとりもなおさず、盧武鉉政権に対する有権者の見方の裏返しでもあろう。盧大統領はもともと軍事独裁時代から権威的な既得権層の対極で活動してきた弁護士、政治家であり、就任早々から旧来の体制派とその権益に切り込んだ。近現代史の見直しを進め、金大中氏の拉致(らち)事件など軍事政権の暗部も積極的に公にしてきた。それが国民統合とは逆に世代間、階層間などの亀裂をもたらし、社会の葛藤を深めもした。一方で、国民が関心を寄せる経済問題では、全体としては輸出主導の成長軌道に乗ってはいるが、所得格差の拡大、不動産価格の高騰、若年層の就職難、さらに非正規雇用の増大などが重なり、選挙前から野党への政権交代を期待する声が強かった。選挙戦では、自身や親族にかかわる蓄財、不動産投機や、株価操作事件への関与疑惑などが指摘され、与党系の鄭東泳氏などは激しく攻撃した。また株価事件への李明博氏の関与の有無について、当選後に独立検察官が捜査に入るという異例の展開だ。だがそれらは選挙結果には結びつかず、候補者の疑惑よりは国政運営の手腕への期待が強かったこと、既に勝敗がほぼ見えていたこと、さらに選挙戦が非難の応酬に流れたことへの国民の飽きもあり、投票率は現行大統領制になって5回目の選挙で最低の63.0%だった。李明博氏は「CEO(最高経営責任者)大統領を目指す」と公言し、年7%の経済成長を続けて10年後には1人当たり国民所得4万ドル、経済規模で世界7位入りを果たすという「747政策」を掲げている。朝鮮半島を南北に貫く大運河構想も示した。規制緩和の成長路線を重視しそうだが、格差是正などが課題になっていこう。北朝鮮に対しては、積極的な関与政策改革・開放を促すというこれまでの政策の基本は変えようもないだろう。ただ、核問題解決への進み具合などを見ながら経済協力や支援を考える「相互主義」で当たると思われる。外交では米韓関係の再構築を最も重視する。対日関係も「未来志向で進める」としているものの、歴史認識を始め日韓間の底流には難しい問題がそのまま残っている。また、政権発足早々の08年4月には総選挙が行われる。それへの対応と結果は李明博氏の国政運営を大きく左右しよう。

(小菅幸一 朝日新聞記者 / 2008年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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