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細川和氏 ほそかわかずうじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

細川和氏
ほそかわかずうじ

[生]永仁4(1296)
[没]興国3=康永1(1342).9.23.
南北朝時代の武将。阿波守。公頼の子。法名,道倫。元弘3=正慶2 (1333) 年の足利尊氏の挙兵以来,足利方として活躍。六波羅攻略,中先代の乱平定に功をあげ,のち鎌倉におもむき,足利氏の関東経営を助けた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

細川和氏 ほそかわ-かずうじ

1296-1342 鎌倉-南北朝時代の武将。
永仁(えいにん)4年生まれ。細川頼春(よりはる)の兄。元弘(げんこう)の乱に足利尊氏に属し,建武(けんむ)の新政で阿波守(あわのかみ)となる。建武3=延元元年従兄弟(いとこ)の細川顕氏(あきうじ)とともに四国の恩賞授与権をあたえられた。室町幕府の開設後は引付頭人,侍所頭人康永元=興国3年9月23日死去。47歳。通称は弥八。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典内の細川和氏の言及

【秋月荘】より

…鎌倉後期には足利氏本宗のもつ荘園であったことが〈足利氏所領奉行番文〉から知られるが,おそらく足利氏は地頭としてこの荘園にかかわったのであろう。南北朝期に足利氏の一族の有力武将細川和氏が,この秋月に城をきずき足利氏の四国経営の拠点にするとともに,細川氏の阿波支配の根拠地とした。同じ南北朝の動乱の一時期,南朝側がこの荘の地頭に紀伊武田氏の一族愛洲(あいす)季俊やその子憲俊を補任しているが,実効のあるものではなく,1387年(元中4∥嘉慶1)に細川頼之の弟頼有が嫡子にこの荘の3分の1を譲っているように,細川氏の所領としてひきつづき確保されていった。…

※「細川和氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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