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…鎌倉後期には足利氏本宗のもつ荘園であったことが〈足利氏所領奉行番文〉から知られるが,おそらく足利氏は地頭としてこの荘園にかかわったのであろう。南北朝期に足利氏の一族の有力武将細川和氏が,この秋月に城をきずき足利氏の四国経営の拠点にするとともに,細川氏の阿波支配の根拠地とした。同じ南北朝の動乱の一時期,南朝側がこの荘の地頭に紀伊武田氏の一族愛洲(あいす)季俊やその子憲俊を補任しているが,実効のあるものではなく,1387年(元中4∥嘉慶1)に細川頼之の弟頼有が嫡子にこの荘の3分の1を譲っているように,細川氏の所領としてひきつづき確保されていった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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