繡仏(読み)しゅうぶつ

改訂新版 世界大百科事典 「繡仏」の意味・わかりやすい解説

繡仏 (しゅうぶつ)

刺繡仏像もしくは仏教的主題をあらわしたもの。刺繡は製作に時間と労力を要するが,織物染物に比して簡単な用具(装置)で処理できるため,最も古くから行われた布の装飾技術の一つである。繡仏に関する記録も古く,推古13年(605)繡丈六仏製作の誓願(《日本書紀》)をはじめとして各書に記事が見えるが,いずれも中国の影響によるものである。厳密には繡仏とはいえないが,作期の明らかな最古の遺例は飛鳥時代の《天寿国繡帳》(中宮寺)である。また法隆寺に伝来する飛天の刺繡断片は,撚糸による鎖繡(くさりぬい)を中心とした両面繡の手の込んだもので,飛鳥時代の繡仏の実際を想像させる。また中国唐代には大規模な繡仏が盛行したといわれるが,その遺例が《刺繡釈迦如来説法図》(奈良国立博物館)で,鎖繡をさかんに用いている。平安時代にも密教図像の発達などに呼応して繡仏はよく行われたと思われるが,現存遺品はない。鎌倉時代の遺品には《大日如来像》(個人蔵),《阿弥陀三尊像》(西念寺),《文殊菩薩像》(大和文華館),《不動明王二童子像》(輪王寺),《三昧耶幡》(兵主神社),《法華経・両界曼荼羅》(太山寺)などがある。この時代の特色は主題が多様になること,作品が比較的小規模であること,繡法は丹念なさし繡が中心となり,糸は多彩で細く引き締まることである。この時期の繡仏製作の動機には浄土思想の影響による作善(さぜん),死者供養など新しい考えがうかがわれ,頭部,天衣などに人毛を繡いこむ例もしばしば見られる。この傾向は室町時代にはさらにすすみ,主題はほとんどが阿弥陀来迎図となり,形式,繡技ともに固定化し新しい展開を見ない。ただ用糸はゆるやかな手糸で神経質でない点が特色であるが,前代までの緊張した力強さを失っている。繡仏の格調ある展開は室町時代を限りとし,桃山時代以降刺繡は服飾方面に重点が移る。明代刺繡の影響をしめす装飾的なものや江戸時代の《当麻曼荼羅》(真正極楽寺)などを見るが,すぐれた作品とはいえない。
刺繡
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の繡仏の言及

【刺繡】より

… 唐代は古典としての完成が指摘される。繡仏(しゆうぶつ)という特殊な例ながら,《刺繡釈迦説法図》(奈良国立博物館)は《勧修寺繡帳》の名で知られ,縦200cm,横105cmの大作で,霊山における釈迦説法の情景をあらわす。製作地について日・中両説あるものの,刺繡の技術としては盛唐の様風を示すと考えてよい。…

※「繡仏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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