日本の侵略に対する朝鮮在野勢力による武装闘争。初期義兵は日清戦争以後の日本の内政干渉を背景とし,直接には1895年(明治28)の閔妃(びんひ)殺害事件や断髪令などを契機としておこった。96年国王高宗(こうそう)がロシア公使館に脱出し,日本勢力が後退したため解散した。後期義兵は日本の韓国保護国化を契機としておこり,1907年に韓国軍の解散によって戦闘力が強化されると,全国に拡大した。初期義兵が儒者中心であるのに対し,後期義兵は軍隊出身者中心であった。日本軍は焦土戦術などで弾圧し,09年には大規模な掃討を行い勢力を衰退させた。義兵はやがて中国東北部に移動してゆく。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
8/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新