日本大百科全書(ニッポニカ) 「肉筆浮世絵」の意味・わかりやすい解説
肉筆浮世絵
にくひつうきよえ
版画の浮世絵と区別して、筆で描かれた浮世絵をいう。また近世初期風俗画を浮世絵の母胎として重視し、とくにこれを初期肉筆浮世絵ということもある。版画が浮世絵の主要な表現手段となった菱川師宣(ひしかわもろのぶ)以後においても、ほとんどの浮世絵師は一方で肉筆画をも制作した。なかには懐月堂安度(かいげつどうあんど)や宮川長春(みやがわちょうしゅん)のように、肉筆画を専門として、版画に興味を示さない浮世絵師もいた。題材は、遊里や芝居町の風俗のほか、江戸町人の日常生活の諸相、物語や歴史的故事から風景、花鳥にまで、広範に及んでいる。肉筆浮世絵を得意とした絵師としては、師宣、安度、長春のほか、勝川春章(かつかわしゅんしょう)、歌川豊春(うたがわとよはる)、喜多川歌麿(きたがわうたまろ)、細田栄之(えいし)、葛飾北斎(かつしかほくさい)らが特筆される。ただし注意を要するのは、弟子を動員した工房制作による量産が普通に行われた形跡が濃厚で、正しい署名や印章が備わっていても彼らのような大家自身による作画とはただちに認められない場合も少なくない。
[小林 忠]
『楢崎宗重監修『肉筆浮世絵』全10巻(1981~83・集英社)』