胸やけ・げっぷ

内科学 第10版 「胸やけ・げっぷ」の解説

胸やけ・げっぷ(症候学)

概念
 「胸やけ」(heartburn, pyrosis)とは,胃酸胆汁酸膵液などの胃内容物が食道内に逆流する結果,食道粘膜が刺激されることによって生じる症状を指す.一般的には「頸部に向かって放散し,食事や姿勢変化で増強する前胸部下部正中の灼熱感」と定義される症状である.一般的に胸やけは胃酸が上がってくる感じ,いわゆる「逆流感」とともに胃食道逆流症(gastroesophageal reflux disease:GERD)の定型的症状である. 胸やけ症状は患者個々でその症状の程度や感じ方が異なるため,しばしば違う言葉で表現され,患者に正しく理解されていないことがある.特に患者が胸やけという言葉を用いず,胸痛や胸部不快感,胃もたれ感といった心疾患や呼吸器疾患,機能性ディスペプシア(functional dyspepsia)などの症状で訴える場合もあるため注意が必要である.そのため詳細な問診診察が鑑別する上で重要である(表2-7-1).
 一般的に上部消化管内視鏡検査で食道・胃接合部にびらんや潰瘍などの粘膜障害を認める場合は逆流性食道炎と診断しているが,週に2回以上胸やけや呑酸などの逆流症状を有し,明らかな粘膜障害を認めない非びらん性胃食道逆流症(non-erosive reflux disease:NERD)もGERDの中に含まれる.欧米ではGERDの約2/3がNERDであり,わが国でも逆流症状を訴える患者の約5割がNERDであると報告されている.NERDは逆流性食道炎に比べて50歳以下で女性でヘルニアのない患者が多いのも特徴である.また上部消化管内視鏡検査で発見される逆流性食道炎の頻度は,1970年代では5%以下であったものが,2000年代に入り10%前後にまで増加してきていると報告され,Barrett食道などとともに急速に増加しつつある上部消化管疾患の1つである.
 GERDの頻度が増加した理由として,近年の生活様式の欧米化,Helicobacter pyloriの感染率の低下などに伴う萎縮性胃炎の減少による胃酸分泌能の増加,脂肪摂取量の増加,肥満の増加,高齢化に伴う食道裂孔ヘルニアの増加などが考えられている.また最近の疫学的調査では日本人の約4割が胸やけを経験し,15%は週2回以上胸やけ症状を呈しているという.
 「げっぷ」(eructation, belching)とはおくびと同義語で胃内にたまったガスが食道を通って口腔内に上昇し,排出されたものをいい,日常生活でも普通に認めるものである.しかしそれが頻回に認める場合に問題となり,多くは無意識下の空気嚥下症,ガス産生性の飲料水の摂取によるものである.食道下部括約筋(lower esophageal sphincter: LES)圧の低下などをきたす病態でもげっぷを認める.このため胸やけや逆流症状と同時に認めることが多い.
病態生理
 「胸やけ」の原因の多くは胃酸の食道内逆流によるものと考えられている.その他,胃酸以外に膵液,ペプシン,胆汁酸,食品,腸液(アルカリ)など食道粘膜刺激物質が食道内へ逆流することでも生じるとされている.その食道内への胃酸逆流のメカニズムとしては食事量の増加や高脂肪食摂取による一過性の下部食道括約筋弛緩(transient lower esophageal sphincter relaxation:TLESR)や食道裂孔ヘルニアなどによるLES圧の低下などが原因としてあげられる(Amanoら,2001;Doddsら,1982;Hollowayら,1997).TLESRの弛緩にはコリン作動性神経や一酸化窒素,血管作動性腸管ペプチド(vasoactive intestinal peptide:VIP),カルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide:CGRP)などが関与している.またLES圧に影響を与える因子として高脂肪食,嗜好品(アルコール,喫煙),薬剤(抗コリン薬,平滑筋弛緩薬)があげられ,これらの影響も見過ごしてはならない(表2-7-1).
 またNERDの病態としては食道知覚過敏,食道収縮能異常,心的要素などの関与が注目されているが,どれもまだ一定の見解は得られていない.pHモニタリングでの検討では食道内酸逆流時間と食道粘膜傷害の程度が相関することが以前より報告されているが,NERD における食道内酸逆流の程度は逆流性食道炎患者に比べて少ないにもかかわらず,GERDとNERDにおける症状の強さやQOLの低下に差がないとの報告がある.これらの報告はNERD の病態が食道内酸逆流による粘膜傷害だけで説明することはできないことを示している.特に食道知覚過敏の関与は注目すべき重要な病態の1つであり,その原因として酸やトリプシンに対する侵害受容器であるTRPV1(カプサイシン受容体)やPAR2(プロテアーゼ活性化型受容体)の過剰発現の関与が報告されている.また食道粘膜内で活性化されたTRPV1やPAR2によってサブスタンスPが増加し,それらが症状と病態に重要な役割を果たしている可能性が示唆されている.
 げっぷの大部分は空気嚥下症,LES圧の低下などが原因と考えられている.空気嚥下症は急いで食事をとったり,ため息をよくつくといった習慣的に無意識に多量の空気を嚥下して一定量以上に胃内にガスとして貯留し,そのガスが食道内へ逆流し口外へ放出されることでげっぷとして生じると考えられている.これらは特に病的意義はない.病的なげっぷは表2-7-1に示すように上部消化管疾患に多く,器質的疾患を鑑別しなければならない.
鑑別診断・診察のポイント
 胸やけ症状は患者に正しく理解されていないことが多く,さまざまな表現を用いて逆流症状を訴える場合があり注意が必要である.特に胸やけ症状の訴え方や程度は個人差が大きく問診での患者情報の聴取が非常に重要である.特に緊急処置を有する虚血性心疾患や呼吸器疾患はまず除外する必要がある. 現病歴,既往歴はもちろん腹部手術の既往歴,基礎疾患の有無,薬剤服用の有無,ストレスの有無,妊娠の有無は確認すべきである.診察時には肥満,亀背などの体型,皮膚の色素沈着の有無,腹部圧痛・腫瘤の有無,体重減少の有無など全身状態のチェックも必要である.また発症時期・持続時間・症状の程度,食事との関連,飲酒,喫煙歴も注意深く聴取することも重要である.[富田寿彦・三輪洋人]
■文献
Amano K, Adachi K, et al: Role of hiatus hernia and gastric mucosal atrophy in the development of reflux esophagitis in the elderly. J Gastroenterol Hepatol, 16: 132-138, 2001.
Dodds WJ, Dent J, et al: Mechanisms of gastroesophageal reflux in patient with reflux esophagitis. N Engl J Med, 307: 1547-1552, 1982.
Holloway RH, Lyrenas E, et al: Effect of intraduodenal fat on lower oesophageal sphincter function and gastro-oesophageal reflux. Gut, 40: 449-453, 1997.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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