日本大百科全書(ニッポニカ) 「脊振」の意味・わかりやすい解説
脊振
せふり
佐賀県北東部、神埼(かんざき)郡にあった旧村名(脊振村(むら))。現在は神埼市脊振町で、市の北部を占める地域。旧脊振村は、2006年(平成18)神埼、千代田の2町と合併して市制施行、神埼市となった。脊振山地に位置する。脊振の名は北端、福岡県境にある脊振山に由来する。地域の大部分は、筑後(ちくご)川に注ぐ城原(じょうばる)川の上流域にある。政所(まんどころ)、鳥羽院(とばいん)などの集落名が目につくが、平安後期、神埼荘(しょう)はこの山間部に及んでいた。公有林が多く、スギ、ヒノキなどの植林で知られ、植林の父徳川権七(ごんしち)翁の碑が立つ。カキ、クリ、シイタケなどのほか、レタスなどの野菜栽培や酪農も行われる。地域外通勤も多い。脊振北山県立自然公園(せふりほくざんけんりつしぜんこうえん)の脊振山には、脊振神社上宮弁財天(べんざいてん)やレーダー基地が山頂付近に、またフランス人飛行家ジャピー遭難碑や茶祖栄西(えいさい)禅師像がある。脊振峡眼鏡橋、広滝第一発電所もある。
[川崎 茂]
『服巻四郎編著『脊振村誌』(1958・脊振村)』▽『服巻四郎編著『脊振路』(1965・脊振村)』▽『『脊振村史』(1994・脊振村)』