脊髄梗塞

内科学 第10版 「脊髄梗塞」の解説

脊髄梗塞(脊髄の血管障害)

(2)脊髄梗塞
概念・臨床症状
 前脊髄動脈症候群(anterior spinal antery syndr­ome)は同動脈領域の虚血障害によりその支配領域である脊髄腹側2/3にある側索(錐体路)と脊髄視床路が障害され,そのレベル以下の対麻痺や感覚障害,膀胱直腸障害急性にきたす.原因としては前脊髄動脈自体の動脈硬化に伴う血栓性閉塞はほとんどみられず,胸腰髄領域(Th8~L3)を支配するAdamkiewicz動脈起始部のアテローム硬化性狭窄・閉塞(+血圧低下)や同部を巻き込んだ解離性大動脈瘤,大動脈炎などによるものが多く,頸髄レベルではアテローム硬化性病変による椎骨動脈の閉塞や解離性動脈瘤などによることが多い.症状は両下肢の急性筋力低下を主とし,通常は起立できなくなり,下肢の深部反射は低下・消失する.感覚障害については脊髄背側1/3にある後索が保たれるので,温痛覚や触覚などの表在感覚は障害されるが,振動覚や位置覚などの深部感覚が傷害されない解離性感覚障害を呈することが特徴である.後脊髄動脈症候群は前述した理由で直接的な動脈閉塞は起こりづらくまれであるが,脊髄血管奇形や脊髄後索を傷害しやすい多発性硬化症やSjögren症候群などとの鑑別が重要となる.
 一方,抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid antibody syndrome)による脊髄梗塞も臨床的には重要である.抗リン脂質抗体症候群は細胞のリン脂質膜成分に対する自己抗体によって,中枢神経系を中心とした血栓症をきたす.病態としてはホスファチジルセリンに富んだ凝固促進性表面の生成や自己抗体による血小板活性化が背景にあり,血液検査において血液凝固能は延長し,抗リン脂質抗体や抗カルジオリピン抗体,ループスアンチコアグラントは陽性となる.本症の臨床的特徴は,前脊髄動脈症候群とも類似しているが,動脈硬化性ではなく若年者に多くみられること,自己抗体が陽性であること,脊髄の血管支配に一致しない症候とMRI画像を呈することである(図15-5-27).
診断・治療
 脊髄MRI検査が診断上重要であるが,大動脈やAdamkiewicz動脈などの血管撮影は所見を得られにくいことも多い.抗リン脂質抗体症候群については,血液凝固能や抗リン脂質抗体,抗カルジオリピン抗体,ループスアンチコアグラントなどの血液検査も有用である.早期診断にはガドリニウム造影MRIが有用である.急性発症の脊髄症状で解離性感覚障害を伴う対麻痺があれば前脊髄動脈症候群を疑い,痛みと深部覚障害主体の場合は後背髄動脈症候群を疑う.若年者で膠原病などの基礎疾患があり,前脊髄動脈の血管支配に一致しない症状・画像所見がある場合は抗リン脂質症候群などを疑う.鑑別診断としては,急性発症の脊髄病変として多発性硬化症,Sjögren症候群,脊髄動静脈奇形,脊椎腫瘍,硬膜外膿瘍,椎間板ヘルニアなどがあげられる.
治療・予後
 前脊髄動脈症候群の急性期にはエダラボンなどの脳脊髄保護療法を開始しつつ,速やかに血栓融解療法を行う.抗リン脂質抗体症候群の場合は,副腎ステロイド療法(プレドニゾロン 40~60 mg)に加えて,急性期のヘパリン療法も併用する.その他,大動脈炎でのステロイド療法の併用や梅毒性血管炎でのペニシリン大量投与など基礎疾患への対応も併用する.また上位頸髄レベルの障害では呼吸筋麻痺や肺炎,胸腰髄レベルの障害では排尿障害や尿路感染,麻痺性イレウス,褥瘡などの合併症に注意する. 一般に早期に診断し上記の治療法を施行すれば予後は比較的良好であるが,前脊髄動脈症候群では種々の程度の対麻痺や温痛覚障害,勝胱直腸障害が残存することが多い.抗リン脂質抗体症候群では基礎疾患自体の治療も予後を左右する.[阿部康二]
■文献
後藤文男,天野隆弘:臨床のための神経機能解剖学,pp122-123,中外医学社,東京,1992.
Shephard RH: Spinal arteriovenous malformations and subarachnoid haemorrhage. Br J Neurosurg, 6: 5-12, 1992.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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