外力による皮膚表面の小さな機械的変形によって生じる感覚。アリストテレスが定義した五感すなわち,視,聴,味,嗅(きゆう),触のひとつである。しかしこの場合の触覚は,温,冷,痛などの皮膚感覚や深部感覚はもとより,他の四つの感覚に属さないすべての感覚を含むものであった。E.ウェーバーはこの中から,より狭い意味での触覚を分離し,残りを一般感覚Gemeingefühlと呼んで区別した。ウェーバーの一般感覚には,痛み,疲れ,飢え,渇き,幸福感,性感などが含まれていた。19世紀に触,温,冷,痛覚に対応する感覚点sense spotが発見され,以来触覚が温,冷,痛の諸感覚からより明確に分離されるようになった。
変形が1回かぎりであればそれは軽い一過性の接触の感じをおこすが,これがある頻度(10回/秒以上)で繰り返されると振動感覚vibrationを生じ,変形が一定時間以上持続するときには圧覚pressureを生じる。接触の感じは,局所的な圧迫によって皮膚がへこんだときおこるほか,たとえば皮膚に接着した物体を介して皮膚が軽くひっぱり上げられても生じる。機械的変形が非常に大きくなると痛みの感覚がおこるが,これは触覚のほかに,さらに痛みを伝える神経繊維も興奮するからである。
触覚をおこす刺激となるのは,機械的なエネルギーである。刺激の大きさは,力(g),張力(g/mm),圧(g/単位面積),仕事(力×変位の大きさ=erg),または単に変位(皮膚のへこみ)の大きさなどによって表すことができる。触覚感受性は,刺激の変化の速さに影響される。たとえば,皮膚の圧迫が非常にゆっくり行われると,1.5~2mmへこんでも気がつかないといわれる。そこで,時間成分を含む言葉である,速さ,加速度などによって刺激の動的な側面を表す。
皮膚の刺激感受性は,体部位によって異なる。これは,受容器の分布密度や種類のちがいによると思われる。また,角質層の厚さや,皮膚下にある組織の性質のちがい,すなわち下にあるのが骨か筋肉か脂肪かなどによって影響をうける。触刺激感受性を,たとえばフォン・フライM.von Freyの触覚計で感覚をおこす最小の力(閾値(いきち))を測ると,閾値は顔面,とくに鼻や口唇で最も低く,手指がこれに次ぎ,腕,脚,足ではさらに高く,女性のほうが男性より全体に感受性がよい(図1)。触覚の鋭敏さは,刺激局在能や2点弁別閾などによっても測られる。刺激局在能は目隠しをした被験者の皮膚に,先の鈍な細い棒を用いて触れ,刺激された部位をあてさせたときの誤差(mm)で測る。顔面,手指で最小(1.5~2.0mm)で,上下肢とも体幹に近づくにつれて大きくなり,背中で最大(12.5mm)である。2点弁別とは,離れた二つの刺激点が同時に刺激されたとき,それが二つの点とわかることをいい,その最小距離をもって2点弁別閾とする。この測定法によると,手指が最も小さく(2.5mm),顔面,足指,体幹,腕(47mm)の順に大きくなる。2点弁別では男女差はない(図2)。
一定の刺激が続いているにもかかわらず,感覚の強さがしだいに弱くなるか消失することを順応(なれ)という。完全ななれにいたるのに要する時間は刺激の強さに比例する。たとえば,100mg以下の力が加えられたとき,触覚の強さは,4秒間で指数関数的に約25%の強さにまで減る。順応は受容器のレベルでおこるが,部分的には中枢の関与も指摘されている。
ナイロン毛の先端など細いもので皮膚にそっと触れたとき,触覚のおこるところとおこらないところがある。触覚のおこるところを触点とよぶ。触点touch spotの直下には受容器receptorsが高い確率で存在するが,かつて考えられたように触点と受容器が1対1に対応するのではなく,皮膚上の触感受性の分布にはこう配があり,そのとくに高いところが触点であると考えるべきである。だから,触点以外のところでも刺激を強くすれば触感覚が生じうる。触点は感覚点のひとつで,感覚点にはこのほか痛点,温点,冷点がそれぞれ区別される。感覚点の密度は身体部位により異なる。感覚受容器には以下のものがあるが,指や手の掌面,足底などの無毛部とその他の大部分の体表面を占める有毛部とでは受容器の分布様式がやや異なる。
(1)メルケル盤Merkel's disc 無毛部表皮胚芽層にあるメルケル触細胞と,これに接する神経終末からなる。順応が遅く,持続する皮膚変位の大きさに比例する応答を示す。持続的接触すなわち軽い圧刺激を検出する。
(2)毛盤Haarscheibe ピンクスF.Pinkusの発見した,有毛部皮膚の毛の根もとにある平滑な円板状のもり上がりで,この下にある真皮乳頭には,1本の有髄繊維に支配されるいくつかのメルケル触細胞の集合がみられる。触覚盤touch corpuscleともよばれる。
(3)ルフィニ終末Ruffini ending ルフィニ小体ともいう。真皮下層や皮下組織にある小包につつまれた神経終末である。メルケル盤と同じく遅順応型の受容器で,持続的な皮膚変位の大きさに比例した応答を示すが,メルケル盤と異なり真皮層に存在するため,やや遠い部位に加わった変位たとえば皮膚がひっぱられることなどを検出するのに適する。
(4)マイスネル小体Meissner's corpuscle 真皮乳頭の中にある小体で,不規則に分枝して終わる有髄神経の終末が卵形の小包につつまれている。速順応型で,持続的な皮膚圧迫には急速に順応し応答しなくなる。触刺激による皮膚変位の速さを検出するのに適する。また40Hz以下の粗振動を検出するのに適している。
(5)パチニ小体Vater-Pacini corpuscle 真皮下層や皮下組織にある直径約1mmの大きい層状構造をもつ受容器。皮膚変位の加速度を検出する。すなわち,非常に順応が速く,200Hz前後の繰返し刺激を与えたとき閾値が最低となる。非常に感度がよく,接触のときまず興奮するのはパチニ小体と考えられる。パチニ小体は,皮下組織のほか,深部組織たとえば骨膜,骨間膜,内臓にも広く分布して,伝播してくる振動をとらえる。
(6)毛包受容器hair receptors 毛は鋭敏な触覚器官である。毛根には神経が豊富に分布し,柵状に巻きついた終末をなしていて,毛幹の傾きの変化をとらえる。速順応型である。
これらの受容器の興奮は,いずれも太い有髄繊維(Aα)によって伝導され,脊髄後根から脊髄内に入り,後索を上行し,後索核,視床後腹外側核でニューロンを中継し反対側の大脳皮質体性感覚野に投射する(図3)。
上述の触覚の定義および性質は,受身の被験者に対して行われた分析的な実験にもとづいている。しかし,われわれの日常生活での触覚の重要な役割は,身のまわりの対象に触れ,これを認知することにある。これを能動的触覚とよぶ。能動的触覚は,通常手指による探索,すなわち自らのおこした手指の運動を前提とする。この運動は触対象を知覚するための努力であり,指の動きには合目的性がある。探索とは,触対象の特徴をとらえるための刺激の追求であり,不要な情報は捨てるという選択の過程でもある。能動的な触覚では,自らの手を動かすことによって,形の識別能力ははるかに向上する。とくに物の表面の粗滑を判定する場合には,動きは不可欠である。動かすときに生じる刺激の変化のパターンが手がかりとなるらしい。
能動的触覚では,〈触れる〉という動作が伴うために皮膚,関節,腱,皮下組織などにあるいろいろな受容器が同時に刺激され,全体としての刺激はひどく複雑なものになるが,その刺激パターンにも,なんらかの規則性があるはずである。つまり,あるきまった組合せの刺激がおこることによって触れた対象についての情報が得られるのだろう。しかし,この神経生理学的メカニズムはまだ解明されていない。
能動的触覚の特徴を示すものとして,ギブソンJ.Gibsonは次の例をあげている(1962)。(1)複数の指で触れているのに,一つの対象を感じ,決して互いに離れたちがう指の皮膚が刺激されたとは感じない。(2)固い表面を圧したり,物をにぎったりするとき,皮膚圧のたかまりは感知されず,対象の抵抗を感じる。軟らかいものをにぎるときにも,対象のへこみぐあい,弾力性,軟らかさなどだけが感知される。同様に,対象の形の特徴,角,辺縁,突起の有無などは感知されるが,皮膚の形の変化は感知されない。これらの特徴は神経生理学的に次のように説明できる。すなわち,体性感覚中枢には,体部位についての詳細な情報を担っているもののほかに,触対象のいろいろな特徴を抽出するよう分化したニューロンが多数存在する。能動的な触行動に際しては触対象の性質についてある程度の予測が働き,これにより触り方の方針がきまる。この運動指令が出ると同時に運動中枢から感覚中枢への働きかけがあり,情報の選択が行われる。つまり,その触行動にかなった感覚情報すなわち触対象のある特徴を抽出するニューロンの興奮だけが認識過程に伝えられ,他は抑制されるのである。
執筆者:岩村 吉晃
脊椎動物の触覚は皮膚に点在する触点を刺激すると生じる。触点は四肢の先端や生殖器,頭部に密に分布するので,これらの部分は接触刺激に敏感である。触覚器の構造は動物によっては不明な場合もあるが,哺乳類では自由神経終末や有毛部の剛毛や下毛,無毛部のマイスネル小体などが触覚装置となっている。圧覚はメルケル触細胞やルフィニ小体刺激で生じると思われる。
無脊椎動物も体表に触覚器を備えている。節足動物では体表に突き出た毛のうち,可動性のものが触毛の働きをする。毛がある方向に倒れると,毛の基部にある感覚細胞が刺激される。触毛は触角や肢に多いが,その他の部分にも広く分布している。軟体動物では皮膚に触覚細胞がある。ゴカイやミミズも触刺激には敏感に応答して体を縮めることはよく知られている。
執筆者:立田 栄光
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生体の表面(皮膚や粘膜)に加えられた触刺激によっておこる感覚。圧覚や振動感覚と同一次元のいわゆる「動き受容感覚」の一つである。触覚は機械的刺激の一種である触刺激によって、毛の動きや皮膚、粘膜に変形とかゆがみといった生体組織の動きが生じたときにおこる。機械的刺激を受容する末梢(まっしょう)性感覚単位(ある刺激を受けて興奮を生じる領域)は、順応が速いか遅いかによって次の3種に分けられる。すなわち、順応の速いものが振動感覚、遅いものが圧覚、中間のものが触覚とされている。しかし、その遅速の境界はかならずしも厳密なものではない。
触覚を感じるところを触点といい、体表上に点状に分布している。触受容器はいろいろな形状をした神経終末で、その分布密度は手指の皮膚と口唇とにおいてもっとも大きく、体幹の皮膚では小さい。毛包周囲にも触受容器があり、毛は毛包端を支点とする「てこ」のように働くため、毛のかすかな動きもかなり大きな触刺激となる。
触刺激情報はAβ線維によって伝えられるが、一部はAδ線維、C線維を介しても伝導される。これらの神経線維は、脊髄(せきずい)に入ると後索と前外側索を上行し(前外側索の一部である腹側脊髄視床路を上行するという説もある)、視床の特殊感覚中継核を経て大脳皮質体性感覚野(中心後回)に終わる。後索を上行する情報は、触刺激の加えられた部位、触刺激の形状、触刺激の時間的パターンを認知させるのに対して、前外側索を上行する情報は、局在の悪い、大まかな触覚を伝えるとされる。
[市岡正道]
触覚および圧覚は、化学感覚と並んでもっとも原始的な感覚とされ、接触刺激に対する各種の反応は、生物界全般にわたり広く観察される。原生動物のゾウリムシは、単細胞でありながら、刺激される場所によって異なる反応を示し、前端を機械的に刺激すれば後退し、後端を刺激すればより速く前進する。これは、刺激の加わる部位が前端であれば脱分極性の、後端であれば過分極性の受容器電位が生じ、それぞれ、繊毛打の方向の逆転、または正常方向の繊毛打の頻度増加がおこることによる。また、弱い接触刺激では、繊毛が停止して静止する。下等無脊椎(むせきつい)動物の体表には触受容器である触細胞があり、接触刺激によって種々の反応の解発、または抑制がおこる。ミミズなどが体側を壁に接触させながら前進するのは接触刺激に対する正の走性による。昆虫類に発達する毛状感覚子には、クチクラ壁が厚く基部に弾力に富んだ可動部分をもつものがあって、触毛としての機能をもっている。昆虫の飛翔(ひしょう)行動は、肢(あし)の先端に与えられる接触刺激によって抑制される。
植物にも接触刺激に反応するものがある。オジギソウなどでは、軽い接触刺激によって葉枕(ようちん)(葉柄の付け根などに生じる肥厚部)の活動電位を伴う膨圧運動が生じる。また、ハエジゴクでは、捕虫葉の表面に感覚毛がある。その基部の受容細胞が刺激に応じて受容器電位を発生し、活動電位が葉の全面に広がって、捕虫運動をおこす。
[村上 彰]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新