「ポスト構造主義」を代表するフランスの思想家ジャック・デリダの中心思想。デコンストラクションともいう。ギリシアのプラトン、アリストテレス以来の西欧形而上(けいじじょう)学の中心テーマは「存在論」であったが、脱構築は、それを解体しようとしたハイデッガーの思想を発展させたものといえる。このデリダの思想はとくにアメリカを中心として世界的に影響を与えている。
デリダはさまざまな概念装置を用いて、議論を立ち上げている。デリダによれば、形而上学は、「ロゴス中心主義」「音声中心主義」「現前(今、ここにある意味されるもの(シニフィエ)の現前)の哲学」であり、「存在‐神‐論」onto-théo-logieの構造を有し、女性を受動的なものとし支配しようとする「男根中心主義」の性格をもっている。デリダは、こうしたロゴスの支配している「現前の形而上学」を解体しなければならないと主張する。哲学が伝統的に用いる二項対立(暴力的な階層秩序をもち、それらの項のうち一つがつねに他方より高い地位にある)を「脱構築するとは、何よりもまず、とりあえず一度この階層秩序を逆転するということである」(『ポジシオン』)とする。
つまり「脱構築」の戦略とは、内部と外部、パロール(音声言語)とエクリチュール(文字言語)、魂と肉体などの二項対立の階層秩序を打破し、ずらし、差異を生み出し続けることである。この差異を延ばし続ける運動を、デリダは「差延」différanceと名づけた。これは「差異」différenceからの造語で、発音は同じ「ディフェランス」である。
脱構築の思想はラディカルである。二項対立を決定不可能なものとすることによって、真と偽、善と悪などは相対化され、何の意味ももたなくなったとしたらどうなるか。デリダの脱構築は、ロゴスや真理への服従から「記号の差延の戯れ」へと向かうことによって、最終的には「ニヒリズム」を包含するものであろう。
脱構築によるデリダの「テクスト論」は、ロゴス以前の「原エクリチュール」archi-écritureをキーワードとする。デリダによれば、テクストの意味は「意味するもの」(シニフィアンsignifiant)と「意味されるもの」(シニフィエsignifié)の「差異の痕跡(こんせき)の戯れ」(=原エクリチュール)であり、これによってテクストの意味の決定は不可能なものとなる。このテクスト論は、とくにアメリカのエール大学を中心とした「デコンストラクションの文学批評」に影響を与えた。ポール・ド・マンPaul De Man(1919―83)は「テクスト批評」ということばを用いて、脱構築批評を目ざした。これは、テクストのみを分析対象とし、ほかの要素は考慮せず、そこから多義的なテクストの読みを探ろうとするものであった。
[平野和彦]
『J・デリダ著、若桑毅他訳『エクリチュールと差異』(1977・法政大学出版局)』▽『J・デリダ著、足立和浩訳『根源の彼方に――グラマトロジーについて 上・下』(1977、1986・現代思潮社)』▽『J・デリダ著、高橋允昭訳『ポジシオン』増補新版(1992・青土社)』▽『J・デリダ著、高橋允昭訳『声と現象――フッサール現象学における記号の問題への序論』(1970・理想社)』▽『高橋哲哉著『現代思想の冒険者たち28 デリダ』(1998・講談社)』▽『カラー著、山本・折島訳『ディコンストラクションⅠ・Ⅱ』(1985・岩波書店)』▽『小阪修平他著『現代思想・入門』(1990・宝島社)』▽『キース・A・リーダー著、本橋哲也訳『フランス現代思想』(1994・講談社)』▽『久米博著『現代フランス哲学』(1998・新曜社)』
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(西研 哲学者 / 2007年)
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