腎疾患に伴う神経系障害

内科学 第10版 「腎疾患に伴う神経系障害」の解説

腎疾患に伴う神経系障害(内科疾患に伴う神経系障害)

(1)
尿毒症性脳症
(uremic encephalopathy
) 高度の尿毒症に伴う脳症を尿毒症性脳症といい,急性腎不全でみられることが多い.初期から目立つのは精神症状であり,易疲労感,無感情,うつ状態,性格変化を示し,さらに進行すると,注意力低下から記憶障害,錯乱,意識障害に至る.幻視,幻聴がみられることも多い.神経症状は変動することが特徴で,構音障害,歩行障害,動作時振戦,羽ばたき振戦,筋痙攣,姿勢保持困難(asterixis),ミオクローヌス(uremic twitching),テタニー,筋トーヌス亢進,髄膜刺激症状,痙攣(末期)などを伴う.有機酸などの尿毒症性毒素または尿毒素蓄積によるグリア細胞の輸送系障害,二次性副甲状腺機能亢進による脳内Ca増加,水中毒,代謝性アシドーシス,解糖系障害,アミノ酸,神経伝達物質代謝異常,さらに脳膜透過性の亢進などが複雑に絡み合って生じるとされている.
 脳波では徐波化,発作波がみられる.CT基底核,深部白質の可逆性低吸収域,MRIで同部の可逆性T2高信号域がみられる.髄液蛋白上昇は60%以上にみられる.脳症を呈し尿毒症所見があれば本症を疑う.ほかの代謝性脳症,中毒性脳症,髄膜脳炎などと鑑別する.透析により尿毒症性脳症の症状は速やかに改善するが,重症の場合は急激な是正による透析不均衡症候群に注意する.比較的早期に透析導入すれば予後は悪くない.【⇨11-1-2)-(7)】
(2)
透析不均衡症候群
(dialysis dysequilibrium syn­drome
) 急速な血液透析時や透析導入時に起こりやすい.維持透析ではまれ.特に血中尿素窒素(BUN)が著しく高値である者,高齢者,小児,てんかんなどの中枢神経疾患を有する患者では透析導入時に透析不均衡症候群を伴いやすい.急速な血液透析や腹膜灌流により血中の尿素などの浸透圧物質が急激に除去され,血液と脳組織の間の浸透圧較差が生じ,水が脳組織に移行し,脳浮腫が生じるためと考えられている.水中毒様症状は抗利尿ホルモンの不適切な分泌も関与していると考えられている.頭痛,悪心などの頭蓋内圧亢進症状,筋痙攣は50%以上にみられ,5%以上に,朦朧,痙攣,譫妄がみられる.乳頭浮腫,脳波の徐波化がみられることもある.症状は透析開始後3~4時間で出現し,数時間持続し,一過性で透析終了後数時間以内に改善するが,譫妄は数日間持続することもある.導入期には緩徐な透析を行い,症状がみられる場合は一時透析を中止し,グリセロールジアゼパムなどを投与する.
(3)
透析脳症
(dialysis encephalopathy
) 3年以上の透析歴をもつ慢性透析患者にみられる亜急性,進行性の症候で,吃り(95%),構音障害,運動性失語などの言語障害,顔面や全身のミオクローヌス(81%),焦点性発作,全身痙攣,人格変化,姿勢保持困難(asterixis),記銘力低下などの精神症状をきたし,ついには無言の認知症に進行し,発症後6~9カ月で死亡する.透析認知症(dialysis dementia)ともよばれる.病初期には透析と関連して症状がみられるが,進行すると持続性となる.透析脳症剖検例で大脳アルミニウム含量が多いことから,アルミニウム中毒であることが明らかとなり,現在では透析液中のアルミニウムが除かれた結果,発症は激減した.尿毒症性脳症と異なり意識は末期まで比較的保たれる.脳波では高振幅徐波の群発や棘波がみられる.ほかの脳症,脳血管性認知症やAlzheimer病などの認知症疾患と鑑別する.アルミニウムに親和性が高く,その排泄を促進するキレート剤のデフェロキサミンが有効である.
(4)
尿毒症性ニューロパチー
(uremic neuropathy
) 尿毒症に伴って起こる感覚・運動混合性ポリニューロパチーであり,下肢遠位から始まる左右対称性の痛みや灼熱感を伴う上行性異常感覚(burning feet),感覚鈍麻,運動障害,筋萎縮が起こる.長期腹膜透析患者ではポリニューロパチーの発症が少なく,腎移植などにより改善することから透析可能物質による中毒性ニューロパチーと考えられている.起立性低血圧,インポテンツ,発汗異常などの自律神経ニューロパチーの症状を伴うことも多い.神経伝導速度の遅延がみられ,筋電図で神経原性変化,神経生検で軸索変性が主体であるが節性脱髄主体型もある.糖尿病性ニューロパチー,慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーなどとの鑑別が必要である.腎障害の改善に伴い改善し,腎移植で比較的罹病期間の短い例では全快するが,長期例では部分的に改善するにとどまる.足の灼熱感にはビタミンB群を用いる.クロナゼパムも有効であり,痛みが強い場合にはカルバマゼピンを用いる.
 レストレスレッグズ(restless legs syndrome,不穏脚症候群)が約40%にみられ,ニューロパチーに先行する.これは両下肢に不快な異常感覚が生じ,紛らわすために下肢をさかんに動かし静止しておれないことから下肢静止不能症候群あるいはむずむず脚症候群ともよばれている.不穏脚症候群にはプラミペキソール(抗Parkinson病薬の受容体アゴニスト)が有効で保険適応となっている.鉄欠乏性貧血を伴っている場合には鉄剤の投与により,症状が改善することがある。
(5)
手根管症候群
(carpal tunnel syndrome
) 慢性腎透析患者では正中神経の単神経炎である手根管症候群の頻度が高く,女性は男性の3倍みられる.ほとんどが透析のための内シャントをつくった側に発生し,シャント血流が多い例に発生頻度が高い.原因は浮腫が発生しやすいことや虚血,β2-ミクログロブリンからなるアミロイドの沈着などが考えられている.このほか腎障害末期にみられる単神経炎(uremic mononeuropathy
)として障害される神経には尺骨神経,顔面神経,内耳神経がある.[高 昌星]
■文献
Ropper AH, Samuels MA: Adams and Victor's Principles of Neurology, 9th ed, McGraw-Hill, 2009.
Rowland LP, Pedley TA: Merritt's Neurology, 12th ed, Lippincott Williams & Wilkins, London, 2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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