日本歴史地名大系 「腰越村」の解説
腰越村
こしごえむら
- 神奈川県:鎌倉市
- 腰越村
七里ヶ浜海岸の東を限る
「吾妻鏡」養和元年(一一八一)閏二月二七日条に、源頼朝の叔父志田義広の反乱に際して、頼朝側に討取られた義広の伴党らの首を腰越にさらしたとみえる。その後も罪人の処刑や梟首の場所として同書に散見する。また文治元年(一一八五)五月、頼朝の疑いを受けた弟の義経が鎌倉入りを許されず、しばらく「腰越駅」に逗留を余儀なくされ、その間に頼朝に対して自らの真情を訴える腰越状を書いたと伝える(「吾妻鏡」同月二四日条)ことでも有名。
腰越村
こしごえむら
腰越村
こしごえむら
腰越村
こしごえむら
腰越村
こしごえむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報