コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

自転車 じてんしゃbicycle

翻訳|bicycle

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

自転車
じてんしゃ
bicycle

人力によって車輪を回転させて動く二輪車。足踏みペダルの回転をチェーンを介して増速,後車輪に伝えて駆動する構造のものが一般的である。歴史は意外に新しく,その着想が生れたのは 17世紀なかばといわれる。証拠の残る最初のものは,ドイツの K.ドライスの発明したドライジーネと呼ばれるもので,1818年4月,パリで展示された。自転車の実用化に初めて挑戦したのはスコットランドの K.マクミランで,39年に彼の考案したものは,それまでの足蹴り型のものと違い,ペダルを踏むと,てことクランクで後輪が回るようになった画期的なものであった。 74年イギリスの J.ローソンが前後の車輪を同じ大きさにした安全型をつくったが,これはペダルの回輪をギヤとチェーンで後輪に伝えるもので,現在の自転車の母型となり,88年 J.B.ダンロップが空気入りタイヤを導入するに及んで,ほぼ現在の自転車の型が完成された。日本にいつ伝えられたかについては確かな記録はないが,明治3 (1870) 年頃とされている。日本で初めて自転車がつくられたのは 90年,宮田製銃所の宮田栄助によるとされている。これはすでに安全型のものであり,93年には空気入りタイヤを取付けたものが製作されている。宮田製銃所がやや本格的に自転車製作に乗出すのは 99年で,前後していくつかの自転車製作所が生れている。しかし,まだイギリス,アメリカからの輸入が大半を占め,日本に本格的に自転車工業が発達するのは第1次世界大戦以後であった。自転車の工業生産が軌道に乗るとともに自転車も庶民の足として広く普及するようになった。 1960年代になって一時衰退に向ったこともあるが,70年代に入ると再びその利用価値が見直されるようになり,いわゆるバイコロジー運動とともにブームを呼び,サイクルスポーツなどの普及とともに娯楽指向も高まっている。一方で駅前の放置自転車などの社会問題を生むにいたった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル大辞泉の解説

じてん‐しゃ【自転車】

自分の足でペダルを踏むことによって車輪を回転させて走る乗り物。ふつうは二輪車。1810年代、ドイツ人ドライスの作った、地面を足で蹴って走る二輪車に始まるという。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説

自転車【じてんしゃ】

基本型は前後に2つの車輪がついた乗り物。乗り手の脚力によって駆動力を生み出し,うまくバランスを取りながら地上を走行する。種類も多く,交通手段として用いられるほか,子ども用の三輪車,曲乗り・スポーツ用の一輪車,水上自転車,氷上自転車などがある。
→関連項目サイクリングマウンテンバイク

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

じてんしゃ【自転車 bicycle】

一般には,二つの車輪を前後に一直線に並べた構造をもち,乗り手の力によって駆動し,かつ乗り手の操縦によって地上を走行する二輪車をいう。広義には,三輪車やほろ付き四輪車など二輪車でないもの,および水上自転車,氷上自転車など地上以外を走行するものも含む。
[発達の歴史]
 イギリスのバッキンガム近郊のストークポージズにある教会のステンドグラスには自転車に似た絵が描かれており,17世紀中ごろに自転車の着想があったと考えられないこともないが,これは自転車ではなく,当時地図の作成に使用された測距車であるという説もあって定かではない。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

じてんしゃ【自転車】

乗る人が自分でペダルを踏み車輪を回転させて走る二輪車。1810年代にドイツのドライスが考案した、ペダルを用いずに地面を直接蹴って進むものが最初という。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

自転車
じてんしゃ
bicycle

自転車とは、乗員の運転操作により人力で駆動され走行する車両(日本工業規格「自転車の分類と諸元」)、または前輪と後輪の車輪を有し、一つまたは複数のサドルを備え、ペダル上の乗員の脚力で推進される車両と定義される。いずれにしても、地上を移動するために、人間の筋力がもっとも効率よく発揮されてその目的を達成できるのが自転車である。人間の筋力と技能が要求されて目的を成就することができるのが道具であるとすれば、自転車はマシンというよりも道具というべきであり、21世紀に継承される数少ない道具のなかの一つであろう。[内田 謙]

自転車誕生の背景

17世紀に出現した風車や水車を利用した粉ひき機、それに続く蒸気や電気を動力とする粉ひき機などが現れるまでの数千年の間、人間は自らの筋力や動物の筋力を駆使して、製粉したり、水をくみ上げたりするなど、家事作業や産業労働に必要な機械力を得ていた。その一般的な方法は、たとえば回転レバーを回転軸に垂直に取り付けて、それを歩行する人間や動物が引っ張ったり、また傾斜させた円板の上を人間や動物が歩行して回転力を得るという方法がとられていた。また脚力のような強い力を必要としない場合は、初期の旋盤のように手でハンドルを回すことによって、上肢の筋力を機械力にかえてそれぞれの目的を果たしていた。いずれにしても、それらの作業の多くは、回転運動、つまり車の原理が取り入れられて目的を達成している。車の発明は古く、紀元前3500年~前3000年ごろのエジプトやメソポタミアの絵に車輪をつけた運搬具がみられる。その後、車輪は大きな発展を遂げて、今日、さまざまの場所で利用されている。
 こうした情況を背景にして、人力による車の着想はかなり古くからあった。人力車つまり自転車の起源は、メソポタミアの神殿のレリーフに描かれている牛車にみられるといわれるが、人力による乗り物は、15世紀初頭にイタリアの建築家フォンタナGiovanni Fontanaが描いているスケッチ(1420)が最初のものであろう。この人力車は、今日の技術からみても興味のある機械要素として複雑なギア機構を組み込んだエンドレスロープによる手動の四輪車である。15世紀終わりには、芸術家であり科学者であったレオナルド・ダ・ビンチが、チェーン機構の詳細なスケッチを描いている。いずれの場合も実現することなく夢に終わっている。人力車の出現は19世紀の産業革命という技術的創造の時代まで待たなければならなかった。[内田 謙]

自転車の誕生

自転車誕生の経緯をみると、初めは実用的な目的に供しようとしたものではなく、人間の気まぐれの所産として生まれたものである。つまり玩具(がんぐ)である。1787年、イギリスの雑誌『County Magazine』に掲載されているホビーホースhobbyhorseで、これは、鞍(くら)にまたがった乗り手が足で地面をけって、その反動で前進する仕掛けの、まだ方向転換もできない木馬型の自転車である。今日、自転車の前身といわれているドライジーネとよばれる自転車は、1818年、ドイツの貴族の息子ドライス・フォン・ザウエルブロンFreiherr Karl Friedrich Drais von Sauerbronn(1785―1851)が、木馬型自転車を改良し、方向転換のできるハンドルをつけたものである。
 ことばどおりの本当の自転車は、1863年、フランスのピエール・ミショーPierre Michaux(1813―83)とその息子エルネストErnest Michaux(1849―89)によってつくられ、パリの世界博覧会に出品された。ベロシペードとよばれ、前輪にペダルが取り付けられている。その後イギリスのミシン会社の技師ターナーRowley B. Turner(1840―1917)が、ベロシペードを取り寄せ、多量生産を始めて、イギリスの自転車工業の基礎を築いている。1870年、ジェームズ・スターレーJames Starley(1801―81)は、イギリスの工業都市コベントリーに新しい自転車工場を建設し、仲間らと多くのデザイン開発をした。たとえば自転車のフレームに鉄製チューブを使用し、軽量化を図ると同時に耐久性をもたらし、それ以来、鉄製チューブはさまざまの技術分野の広い範囲で利用されている。
 自転車開発の画期的なできごとは、1885年にスターレーの甥(おい)、ジョン・スターレーJohn K. Starley(1854―1901)によりつくられた安全型自転車の出現である。これは今日の自転車の原型で、前輪と後輪の直径が同じ大きさで鉄製のチューブ・フレームを使用し、チェーン伝動をもったペダルと、ばね機構を備えたサドルが用いられている。また、1888年にはジョン・ダンロップJohn B. Dunlop(1840―1921)によって空気入りゴムタイヤが発明された。[内田 謙]

人力に有効なチェーン駆動と変速ギア

自動車の伝動機構トランスミッションによるパワーの損失は15%であるといわれる。それに比べて自転車の伝動機構であるチェーン伝動によるパワーの損失はわずか1.5%にすぎない。チェーン伝動機構は、15世紀末にレオナルド・ダ・ビンチが、チェーンと歯車を組み合わせた伝動機構の素描を残しているが、チェーン伝動機構が自転車に組み込まれるまで、自転車発展の過程でさまざまの試みがされている。
 初期の自転車は前輪駆動のものが優勢を占めていた。これは構造が単純で軽量であるばかりでなく、前輪に取り付けたペダルが人力パワーをほぼ100%伝達できるからでもあった。しかし不便なことに、速度を大きくするためには必然的に前輪が大きくなってしまい、オールド・オーディナリとよばれる前輪の直径が60インチ(約1.52メートル)にも達する自転車が生まれている。オーディナリ型の自転車時代には、速度を増加させるためにクランクの有効長を調節することによって、前輪をクランク軸の2倍の速さで回すくふうがされたり、車輪軸にボールベアリングを使用したり、前輪にギアを取り付け、前輪軸より下方のクランク軸との間をチェーンで結び増速する方法がとられている。このギア付きオーディナリ型自転車は、安全型自転車出現への足掛りともなっている。
 レオナルド・ダ・ビンチによるチェーンと歯車を組み合わせた後輪駆動の原理は、1829年フランス人ガルAndr Galleによって再発見され、荷重伝達用チェーンとして使われている。後輪へのチェーン駆動機構が実際に自転車に取り入れられたのは、79年イギリスのローソンHarry J. Lawsonが自転車の生産を始めてからである。しかし、切れやすいチェーンが自転車の共通の悩みでもあった。このため自転車製造業者は冶金(やきん)学者らと協力して新しい材料を開発、切れない自転車用チェーンの量産はさまざまの機械の発展に貢献し、やがて自動車の伝動機構としても利用されることとなる。
 チェーン伝動が自転車の駆動装置として定着し始めるとともに、人力を有効に利用するための変速ギアが開発されている。変速ギアは道路条件や風の影響などの環境条件の変化のなかで、乗り手が自己の体力の状態にあわせてペダルの踏力や速さをあまり変えることなく、ギアの比率を変えることによって人力を効率よく推進力に変える装置である。走行中の状況に応じてギア比を変える着想は、自転車にチェーン伝動が取り入れられ始めたころからあり、世界で初めての変速ギアは、1868年、フランスで発表されたレトロ・ダイレクトretro-direct型式の逆転ペダル型のもので、この型式の変速ギアは1900年以降に市販されている。その後、変速装置はフランスとイギリスでさまざまの考案がされており、変速ハブ機構の内装変速装置はイギリスで、ディレラーに代表される外装変速装置はフランスを中心とするヨーロッパ大陸で開発され、今日に及んでいる。[内田 謙]

自転車と人体の接点

自転車は、フレーム、ハンドル、前後輪、ペダルやチェーンなどの駆動装置およびサドルなどで構成されるが、これを人間との関係でみると出力系と操縦系に大別できる。さらに人間―自転車系のインターフェースからみると、その接触面はハンドル、サドルおよびペダルである。主としてハンドルは操縦系に、ペダルは出力系に、サドルは安定性にそれぞれ関与している。これらの部品を含めた自転車全体の形態は、人力を効率よく働かせる主要因である乗車姿勢を適切にするための配慮が必要である。これにはフレーム寸法が人体寸法に適合していなければならないのは当然であり、さらにサドルやハンドル、ペダルの位置も適切でなければならない。またそれぞれの部品を設計する際に、人体の個々の寸法はもちろんのこと、人体の仕組みや働き(とくに股(こ)関節の仕組みや下肢の運動特性など)が十分に取り入れられていなければ、人力を有効に発揮できないばかりか、疲労の原因となり、安全性を欠くことにもなる。[内田 謙]
サドル
サドルは自転車を安全に駆動、操縦するための乗員の座席である。つまりサドルの機能は体重を支えるばかりではなく、ペダリングの際の下肢の屈曲・伸展、股関節の運動において支障のない形態・構造でなければならない。サドルの形態や構造は、ほぼ200年に及ぶ自転車の歴史のなかで、さまざまの変遷をみせている。1800年代初頭のサドル、たとえばドライジーネのそれは、1本の棒状のフレームの上に木製のシートを固着したり、枕(まくら)状のシートが使われ、臀部(でんぶ)の痛さを避けるために毛布を巻き付けたり、厚い布を張り付けたりして用いられていた。
 鉄製の板ばね付きサドルの開発は1840年ごろで、45年にゴムが発明されると同時にサドルやタイヤにもゴムが使用されている。今日のようなスプリング付きサドルは、ミショーが66年のパリ博覧会に出展した自転車につけて話題となり、その後ミショーはサドルをフレーム上で調節できるような機構を考案している。
 サドル開発の過程で、近年、人体の会陰部への配慮からさまざまの試みがなされている。20世紀初頭のサドルにみられるサドルのセンターラインにくぼみを設けたり、中央をくりぬいたりしたものもその例である。1970年代の後半、サドルの設計資料として人体の骨盤の骨が用いられてサドルがつくられており、解剖学的サドルとよばれている。さらに生体で人体の会陰部とサドルの関係を体圧分布によって追究しようとする試みもなされている。とくにサイクリング用自転車の女性用サドルでは、前傾乗車姿勢のため体重を支える部位が恥骨結合下縁と左右の坐骨(ざこつ)結節にかかり、会陰部への圧迫が大きいので特別の配慮が必要とされる。[内田 謙]
ハンドル
ハンドルは、サドルおよびペダルとともに乗車姿勢を決める役割を果たし、またハンドル操作によって自転車のバランスをとるという働きをしている。自転車走行においては方向制御、姿勢制御および速度制御が要求されるが、ハンドル操作はサドル上の重心移動とともに方向と姿勢の制御に即応している。
 乗車姿勢を決める要因はフレーム寸法にも影響されるが、サドルとハンドルバーの位置関係に大きく左右される。またハンドル操作によりバランスをとる場合には、ハンドルの握り位置や寸法(たとえばハンドル幅は人体の肩峰幅にほぼ相当)などを考慮する必要がある。[内田 謙]
ペダル
ペダルは、自転車の動力源である人力をできる限り有効に伝えるための人間との接触面である。初期の自転車は直接足で地面をけって推進力を得ていた。1821年イギリスのコンパーツLewis Compertzがドライジーネに手動による前輪駆動の自転車をつくっているが、ペダルを踏んで後輪を駆動する自転車は、39年スコットランドのマクミランSchmed Kirkpatrick Macmilan(1810―78)によりつくられた。この自転車はてこ利用の駆動方式である。足踏みの回転式クランクペダルは、53年、ドイツの楽器製造業者フィッシャーPhilipp Moritz Fischer(1812―90)がつくり、その後、改良が加えられ今日に至っている。
 ペダルにかかる踏力はクランクの回転運動により後輪に伝えられる。ペダルは足の運動に抵抗なく追随でき、運動によって足が滑らないような配慮が必要である。またサドルとペダルの位置関係は踏力に影響するので、乗車時に調整が必要である。[内田 謙]

自転車走行

自転車は、人力だけで歩行や走行よりも少ないエネルギー消費で大きい速度が得られることにより発達してきた。1979年東京で開かれた国際交通シンポジウムで交通専門家であるブランドGabriel Brandtは、都市内を走る自動車の効率の悪さを指摘し、歩行を見直すべきであると主張、さらに自転車を利用すれば、道路の混雑などで時速12~15キロメートルで走らざるをえない自動車よりも早く目的地に着くことができると述べている。さらに自転車は、自分の家の玄関を一歩踏み出してからの移動時間において、自動車のように駐車場や停留所に行く必要もなく、鉄道のように駅まで歩く必要もない。また道路の混雑によって自動車のように走行速度が影響されることが少ない。さらに自転車を輸送コスト、つまり自重1グラム当り1キロメートル走行するのに要するエネルギー消費でみると、人間(0.75カロリー/グラム/キロメートル)は、ジェット旅客機(0.6)に及ばないが、自動車(0.78~0.85)より効率がよく、人間+自転車走行ではわずか0.15で、世の中のさまざまな移動手段のなかでもっともよい効率を示している。しかも走行に際してわずかな空間ですむ。ロンドンにおける交通機関調査によれば、一定の距離を移動するのに1人の人が使用する道路の面積は、歩行者を1としたとき、乗用車は約142、バスの乗客は3、オートバイは約9、自転車は0.5である。
 このように自転車は交通手段として多くの利点をもっているが、今日の問題点は、動力化された交通手段と自転車との対立、そして自動車走行を中心としてつくられた道路システムとの間の競合である。しかも今後の交通システムを考えてゆくなかから自転車は排除されていく傾向がみられる。自転車が21世紀文明のなかで生き残るためには、今日見直しが迫られている交通システムのなかで、安全問題をも含めて、どのように自転車を位置づけていくかを問わなければならない。[内田 謙]

歩行と自転車走行

動物の歴史はロコモーション(空間移動)の発展史であるといわれる。人類の歴史も例外ではない。二足歩行に始まり、今日のジェット機に至るまですべて空間移動の発展の跡である。前述のように輸送コストからみると自転車走行がもっともよい効率ではあるが、人力以外の動力をもった車に比べて当然人体に負担がかかる。それでは、歩行と自転車走行では人体にどのような生理的負担の違いがあるのか。人体の運動の強さを調べるのに自転車エルゴメーターが用いられる。ペダリング運動に種々の負荷を与え、その平均測定値から求めた酸素摂取量とエネルギー消費量を日常の身体活動や運動に当てはめたもので、歩行と自転車走行を比較すると、時速21キロメートルでの自転車走行時における酸素摂取量が、時速7キロメートルの速さの歩行時のそれを若干上回る程度の生理的負担である。
 またエネルギー代謝率でみると、1分間に80メートルの速さでの歩行のエネルギー代謝率(2.8)が、平坦(へいたん)な道路を1分間に180メートルの速さで走行する自転車乗車時のそれ(2.9)とほぼ同じ程度の生理負担である。これを日常生活におけるエネルギー代謝率と比較してみると、階段の昇降では1分間に40メートルの速さで昇るときは5.1~6.5、1分間に50メートルの速さで降りるときは2.5、またふとんを押入れから出し入れするときでは、たとえばかい巻、毛布、掛けぶとんおよび敷きぶとんをそれぞれ1枚押入れにしまうときのエネルギー代謝率は4.3、同様のものを押入れから出して敷くときは5.3である。つまり自転車走行時の生理負担は日常生活におけるそれとあまり変わらない状態でありながら、移動のための効率は、たとえば歩行に比べてほぼ2.5~3倍もよいことになる。これは生理負担でみても自転車は人間生活に密着していることを物語っている。[内田 謙]

坂道と自転車

便利である自転車の欠点の一つは坂道の登坂に弱いことである。今日では変速ギアの普及でこの点はかなり解消されてはいるものの、それでも登坂時の生理負担は大きい。自転車による登坂が人体にどのような負担となり、登坂時に変速ギアを使用した場合、どの程度その負担が減少するか。まず平坦な道路から勾配(こうばい)が10%までの坂道の登坂について、一般に行われているジョギング時の生理負担を一つの目安にして比較してみる。ジョギングと同程度の運動をサイクリングで行おうとすると、つねに時速22~25キロメートルの速さで走らなければ運動したことにはならない。さらに各勾配ごとの負担をみていくと、坂が急になるにしたがって走行速度が落ち、速度を速めようとすれば運動強度が大きくなり、それだけ負担が増加する。これを100メートル走行時の酸素摂取量でみると、それぞれの勾配で生理負担が小さくなる速度が存在する。つまり生理負担からみた至適速度である。しかし実際には個人の体力や疲労などが影響して、平地では至適速度よりも多少速く、きつい勾配では遅くなる傾向を示している。
 変速ギアは、人力を効率よく推進力に変換する装置である。とくに登坂時の走行に効力を発揮する。低速用ギアは、同じ速度に対しペダリングの回転数を増すことによって、1回転当りのトルクを減らして生理負担を少なくしようとするものである。それぞれの勾配でギア比を変えたときの速度、つまりペダリングの回転数と生理的負担との関係を酸素摂取量でみると、たとえば10%の勾配の登り坂を走行するとき、ギア比が3.06を使って時速10キロメートル(60回転/分)で走ったときの酸素消費が3.1リットルであるのに対して、ギア比の小さい1.35を使って同じ速さで走った場合には、酸素消費量が2.31リットルとほぼ3分の1近く減少している。つまり変速ギアは適切な使われ方をすれば、生理的な負担を小さくすることを物語っている。[内田 謙]

自転車の普及と自転車交通事故

第二次世界大戦前から戦後にかけて、主として荷物運搬のための実用車として発達してきたわが国の自転車は、今日、1世帯当り1.8台(2000)を保有するほどに普及し、その使われ方も、通勤・通学用の交通手段としての重要な役割を担うとともに、一方ではヨーロッパにおけると同様にレジャー、スポーツ用にも活用されるようになってきている。1980年(昭和55)ころ日本に紹介されたオフロード向け自転車のマウンテンバイクmountain bike(MTB)は、90年代にはアウトドアブームにのって急激に普及し、オフロードばかりでなく、市街地などでの利用も多くなっている。こうした自転車利用の増大に伴って、交通事故件数の増加や、駅周辺などにおける無秩序かつ大量の自転車の放置などが社会問題として生じており、自転車の安全利用に関する対策も必要になってきている。
 日本の自転車の歴史は輸入車によって始まったが、20世紀初頭、1901年(明治34)には5万6600余台の自転車が国内で保有されていた。国内での量産は、1893年(明治26)に宮田製銃所(1902年宮田製作所、63年宮田工業と改称)での、空気入りタイヤのイギリス式自転車の生産(年間生産能力500台)に始まり、第一次世界大戦のころには輸入が途絶したこともあって、国産車の生産が急伸し、輸入車の時代に終止符を打つ契機となった。
 1908年には宮田製作所の自転車数台が中国に輸出され、15年(大正4)ニュージーランドからの1000台の引き合いが契機となって日本製自転車の海外輸出が始まった。
 第二次世界大戦中、一時、自転車の生産は途絶したが、戦後再開され、今日では年間約470万台の自転車が生産され(2000)、そのうち約56万台が輸出されている。一方で輸入自転車台数は1990年(平成2)以降急増し、90年に67万台であったものが2000年には620万台となっている。車種別生産量は、軽快車68.9%、ミニサイクル12.2%、子供車8.3%、幼児車3.1%、マウンテンバイク1.3%、特殊車・その他6.2%である。国内の自転車保有台数は8480万台に達している。
 自転車利用の増大に伴って、自転車の交通事故件数は毎年増加している。たとえば1975年(昭和50)と2000年の全道路交通事故件数と自転車交通事故件数とを比較してみると、75年の自転車交通事故は、全交通事故(63万3259件)の12.2%(7万7125件)を、死亡事故は全交通事故死亡者(1万0792人)の11.6%(1254人)を占めている。2000年は、死亡事故は10.9%(984人)と減少しているが、自転車交通事故は全交通事故(93万1934件)の18.9%(17万6222件)を占め、大幅に増加している。
 自転車の交通にかかわる事故の防止と交通の円滑化を図り、あわせて自転車利用者の利便の増進を目的とする「自転車の安全利用の促進および自転車駐車場の整備に関する法律」(自転車法)が1980年に制定され、自転車通行の安全確保のための道路交通環境の整備が進められたが、実効をあげるに至っていない。また駐車場(駐輪場)も地方自治体を中心に関係諸団体が整備を進め、1999年現在、全国の駅周辺における収容可能台数は約370万台に達した。[内田 謙]

自転車道路の整備

今日、道路の整備拡充の基準は、自動車の交通量に置かれ、とくにわが国では、自転車が交通手段の一つとして十分認識されない実情もあって、自転車に厳しいものになっているといってもよい。
 自転車道路の整備の経緯を歴史的にみると、すでに19世紀末にはオランダで自転車道路がつくられており、またイギリスでは1878年に自転車観光旅行クラブが結成され、これが母体となって道路整備を促進した。アメリカでは1901年に結成されたアメリカ自転車乗車連盟が道路整備の端緒をつくっている。そして今日では、オランダのハーグでは自転車専用路線が整備され、その結果、利用者も大きく増加したといわれる。またアメリカではサン・ディエゴの高速道路に自転車レーンが設けられ、サンタ・バーバラでは自転車用の自動感応信号が設置されるなどしている。
 日本では、1966年(昭和41)に自転車産業振興協会が中心となって自転車道路をつくる運動が展開され、翌年、神奈川県の平塚―大磯(おおいそ)間に13.4キロメートル(幅員2メートル)の自転車専用道路が初めて完成した。自転車道路の整備は、前記の自転車法の制定・施行をはじめとするいくつかの制度により進められている。
 その一つが大規模自転車道整備事業で、1973年から、太平洋岸自転車道をはじめ、全国70か所に及ぶ地域に4000キロメートルに及ぶ自転車専用道路を建設しようとする計画である。他の一つは、交通安全施設整備事業の一環としての自転車用道路の整備で、その道路延長距離は10万7000余キロメートル(2000)に達するが、その90%以上は歩行者道路との併用である。統計的数字として表れてはいないが、歩行者と自転車との間でおこる事故は、けっして少なくはない。自転車専用道路の整備が望まれる。[内田 謙]
『自転車産業振興協会編・刊『自転車実用便覧』(1993) ▽自転車産業振興協会編・刊『自転車統計要覧』各年版 ▽成美堂出版編・刊『日本と世界の自転車最新カタログ'99』(1999) ▽服部四士主著『自転車の科学』(講談社・ブルーバックス)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の自転車の言及

【自転車競技】より

…自転車を用具として行われるスポーツの総称。現在では世界的に広く普及しているが,とくにヨーロッパではサッカーや陸上競技とともに大衆に人気のあるスポーツで,1903年にはじまった〈ツール・ド・フランス〉(フランス一周ロードレース)などは,毎年フランス国民を熱狂させている。…

※「自転車」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

自転車の関連キーワードクロスカントリーレースin深坂自然の森自転車の国サイクルスポーツセンターcycling terminal明治神宮外苑大学クリテリウムスーパーママチャリグランプリ東京サイクルデザイン専門学校マリス ストロンベルグスクロスカントリーマラソンMTB ISHIKAWAKHODAA BLOOM自転車専用道の社会実験トラックワールドカップメカニカルドーピングrentacycleBOTTECCHIABARUSIERRAびわこ高島STAGE電動アシスト自転車瀬戸内しまなみ海道自転車と道路交通法

今日のキーワード

隗より始めよ

《中国の戦国時代、郭隗(かくかい)が燕(えん)の昭王に賢者の求め方を問われて、賢者を招きたければ、まず凡庸な私を重く用いよ、そうすれば自分よりすぐれた人物が自然に集まってくる、と答えたという「戦国策」...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

自転車の関連情報