日本歴史地名大系 「芝原上水」の解説
芝原上水
しばはらじようすい
慶長六年(一六〇一)入国した結城秀康が、
上水は志比口で二分し、一流は城北の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
慶長六年(一六〇一)入国した結城秀康が、
上水は志比口で二分し、一流は城北の
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…江戸では1590年(天正18)に神田上水,1653年(承応2)に玉川上水が開かれ,江戸城下町の建設に伴う上水供給の計画が進められている。福井では芝原上水が1606年(慶長11)に竣工し,赤穂では赤穂水道が14年から16年(元和2)にかけて着工され,45年(正保2)の浅野氏の入部以後に,城下町の拡張に伴って整備された。米沢でも元和から寛文にかけて上水施設が整えられた。…
※「芝原上水」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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