蒋士銓(読み)しょうしせん(その他表記)Jiang Shi-quan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「蒋士銓」の意味・わかりやすい解説

蒋士銓
しょうしせん
Jiang Shi-quan

[生]雍正3(1725)
[没]乾隆50(1785)
中国,清の詩人劇作家。江西省鉛山の人。字,心余,ちょう生。号,清容,蔵園。乾隆 22 (1757) 年進士に及第翰林院編修となったが病気のため退官。のち紹興のしゅう山書院,杭州の崇文書院,揚州の安定書院の院長をして教育に努めた。義侠心に厚く人をよく助けたという。詩は黄庭堅を宗として七言古詩に長じ,袁枚 (えんばい) ,趙翼とともに「性霊説」を唱え (→性霊派 ) ,「乾隆三大家」と称された。真情吐露を尊しとし,「格調派」が古人の外形的修辞声律の模倣のみに終っていると攻撃した。戯曲は雑劇,伝奇をともにつくり,詩と同様の主張で「忠孝義烈」を主題とするものが多く,当時の第一人者とされた。詩文集『忠雅堂集』,戯曲集『清容外集』 (『紅雪楼伝奇』) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「蒋士銓」の意味・わかりやすい解説

蒋士銓
しょうしせん
(1725―1785)

中国、清(しん)代の詩人、劇作家。字(あざな)は心余、苕生(ちょうせい)。号は清容、蔵園。江西の鉛山の人。1757年(乾隆22)の進士。翰林院(かんりんいん)編修を授けられた。退官後、蕺山(しゅうざん)、崇文、安定の3書院の主講を歴任した。詩は宋(そう)の黄庭堅(こうていけん)を宗とし、袁枚(えんばい)、趙翼(ちょうよく)と江左(こうさ)三大家と併称された。戯曲は明(みん)の湯顕祖(とうけんそ)の作風を学びつつ、詞章とともに曲律をも重んじ、雑劇、南曲のいずれをも制作した。戯曲詩文の大部分は『忠雅堂全集』に収めるが、『臨川夢』など9種の戯曲を収めた『蔵園九種曲』がある。

[岩城秀夫]

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